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2010/3/5

2/1にお知らせした新文芸坐の上映スケジュールが間違っておりました。お詫び申し上げます。
全体スケジュール、上映時間等、下記の新文芸坐をクリックしてご確認くださいませ。


新文芸座


▼3/14(日)~27(土)  日本映画のヒロイン(6) 「にんじんくらぶ」三大女優  久我美子 有馬稲子 岸惠子
特集期間中有効の3回券(3000円)を3/21(日)まで販売しております

有馬稲子出演映画・上映スケジュール
   3/14 「川のある下町の話」
   3/16 「白い魔魚」
   3/17 「惜春鳥」 
   3/18 「愛人」 
   3/19 「抱かれた花嫁」「風花」
   3/20 「わが愛」 「夜の鼓」・・・・・13:20分より有馬稲子トークショー
   3/22 「太陽は日々に新たなり」
   3/24 「彼岸花」
   3/26 「かあちゃんしぐのいやだ」


2010/2/1

1/30 銀座吉水での「有馬稲子の昼下がり」 2回目の源氏の朗読は満杯のお客様と和気あいあいの交歓の中で成功裡に終わりました。何度も聴いて下さった方が、六条の御息所はもう有馬さんのものになりましたねと言ってくださって嬉しいやら何やら・・・。私には六条がとてもよくわかるのです。本番3日前にひいた風邪で喉を痛めるやらお腹をこわすやらでしたが、朗読中は無事咳も出ませんでした(終わった後咳が出ましたが)。ご先祖様が守ってくださったのだろうと有難く思いました。
来てくださった皆さん有難う! 今度は4月28日です。

昨日ノースポール、ゴールデンクラッカー、アレッサム、チューリップなど手に入れて庭に植えました。少し花壇らしくなりつつあります。「モネコガーデン」などと名前だけは立派です。モネのジベルニィをまねたイネコのガーデンという意味です。早く陽がさしてバラが咲くようになったら、もう一つの看板を掲げます。
 では、又。 8000歩の人より

※7/19 池袋コミュニティ・カレッジで、林真理子さんと対談。
※4/7  京都で「友の会」

2010/1/5

 今年のお正月は珍しく家に落ち着いていて、テレビを堪能しました。
まづ一日目は桂枝雀さんの落語を3時間続けてみました。すごい大天才でうなりました。どうして、どうしてあんな才能があるのに早死になさったのか。惜しい!! 
「ヴィートルズを愛した男」という、ミュージシャンであり素敵な絵描きでもあった男とビートルズの話、これも面白かった。二晩続けてみました。
4日は白川義員さんの世界百名山。彼が8000メートルの山、特にK²に飛行機で近づいて酸素マスクしてシャッターを押す、命がけの撮影です。素晴らしい世界の山々、それにとりつかれた人は人百倍の努力と執念が要るんですね。白川さん、凄い!!
103才のおじいちゃまの健康法をみました。朝、冷水摩擦から始まる運動の数々、お肌もつやつやして良いお顔でした。負けました。


2010/1/1

 新年おめでとう!!
 今年はどうなりますか 上向きますか 下がりますか。何とか皆で頑張って日本を支えましょう。
 一日一日 目を見張って 充実して 歌をうたいながら おいしいものを ちょっぴり食べて よく眠って よく歩いて おしゃべりして 人に優しくして よく勉強して 楽しみましょう。




2009/12/21
横浜はまぎんホールで「六条御息所」を朗読しました。聴いてくださった方の批評が出ましたのでご紹介します。来年1月に銀座の吉水で同じものを読みます。ご希望の方は下記へお申込みください。聴いてくださる方はお申込みください。
 お申込み先【News Arima 090-7630-5564/銀座吉水 03-3248-4432】 

昨日、NHKの「坂の上の雲」を見ました。司馬さんの中でも私の大好きな作品です。創っている人たちの熱意が実って、久しぶりに見ごたえのあるドラマになっています。モックンがとても良いですね。黙っている目の中にも心の葛藤がしっかり出ていて、ウーンうまい!! とうなりました。皆さんよく理解して演じていることが、よくわかります。今後が楽しみです。


神奈川近代文学館  友の会通信「山百合」  第12号(2010年1月15日)より

「六条の御息所」を聞いて  斉田 裕子 
 10月11日(日)、二時からはまぎんホールヴィアマーレで、女優 有馬稲子さんによる、源氏物語、「六条の御息所」の朗読会が開かれた。いつも講演会が開かれる神奈川近代文学館、二階ホールより倍以上の聴衆者でうまった、会場でまず有馬氏による源氏物語の解説があり、休憩一五分を経ていよいよ朗読が始まる。音楽効果もあり、又有馬稲子さんの朗読が朗読の枠を越え、一編の演劇のようで、どんどん引き込まれていく。源氏のときは、源氏らしく、気位高い葵の上は葵の上らしく、伝わってくる。特に葵祭の車争い、また御息所の生霊が取りつく場面は、圧巻であった。年上の御息所が、源氏との関係で苦しみ、また自分の意思にはかかわりなく、生霊として、葵の上に取り付く苦悩が伝わってくる。御息所がでて来る場面が全部凝縮され、自分がただ源氏物語を読んでいたのでは、あじわえない深い感動を、覚える。今までは、六条の御息所は他の女性にくらべ、あまり好きではなかったが、今回の朗読を聞いて、少し彼女を理解することができ、身近な人になった。一時間はあっというまであった。有馬さん素晴らしい朗読をありがとうございました。

「ネコちゃん讃歌抄」  大谷 尚武
  はまぎんホールヴィアマーレで、有馬稲子さんの朗読による源氏物語「六条の御息所」を友の会モニターとして聴かせていただきました。 
 有馬稲子さんと云えば、愚生がまだ悪ガキの中学生の頃、下町の六角橋の文具屋でなけなしの小遣いはたいてゲットした、わが生涯初めての〈女優ブロマイド〉の「ネコちゃん」その人です。モノクロですが白いベレーを被り、にっこり微笑んだその美貌…… 
 有馬さんが二〇代前半の東宝か松竹のアイドルスターとして活躍していた頃だったのでしょう。並みいる日本の若き女性の頂点に立つ〈美貌〉と〈輝き〉の原像を、思春期の下町少年の脳裡に刷り込んだ忘れ得ぬ方なのです。 
 瀬戸内寂聴訳の源氏は、章ごとの解題、源氏の系図や語句解釈もあり非常に読みやすく理解しやすい本です。円地文子訳や谷崎潤一郎訳の源氏、橋本治訳の「窯変源氏」、遠くは与謝野晶子訳の源氏……何れも読んではいないのですが。 
 講談社文庫巻の二の「末摘花」から「花散里」まで、特に「紅葉賀」から「賢木」辺りまでは熟読しておきました。 
 この物語を語るのに相応しい話者の衣裳、この照明この音楽というくらい舞台設定が決まって、納得できる一時間でした。 
 自伝「バラと痛恨の日々」(中公文庫)で明かされるご本人の華麗な芸歴の裏の私生活での苦闘と地獄を初めて知り、地人会の「越前竹人形」や「はなれごぜ おりん」のライフワークへと結実させたこの稀有の大女優の芸の円熟味を、序のトークを含めてけれん味なく堪能させていただいた朗読でした。 
 自伝の解説で川本三郎氏が指摘するとおり、有馬さんは出演映画一覧より出演舞台一覧の分量が断然多い。あれだけの声量と感情起伏表現の豊かさは、大舞台であれ程場数を踏んだ女優なればこそ。
  昨年は「源氏物語千年紀」とかで改めてこの世界最長の小説がクローズアップされましたが、読むほどに、聴くほどにこの平安朝期の好色男の女性遍歴のストーリーは、シェイクスピアの色彩感溢れる劇文学に匹敵するし、男女の恋を語って普遍性と究極性があります(六条の御息所の強迫観念などマクベス夫人のそれを髣髴とさせます)。 西のドン・ジュアンやカザノヴァ、東は西鶴の世之介など性の業を描くのは人間そのものを描くことですね。後期IT社会にあっても、その風俗と多様性は洋の東西を問わず変わりないようです。わが思春期の秘蔵のブロマイドのアイドル女優が、半世紀以上を経てかくの如く風雪に砕かれずして磨き抜かれて、源氏を朗誦する大女優に到達したことは、一廻り遅れで二つの世紀を跨いで同時代を生きる市井の一男子として、万感胸に迫るものがありました。 
 私事ながら、瀬戸内訳の源氏を演劇的に構成した白石加代子さんの語り「須磨・明石と末摘花」を同じ月の末に関内ホールで楽しませてもらい、この一月には上原まりさんの語る「宇治十帖」をかの筑前琵琶の調べに乗せて、岩間市民プラザで聴かせてもらう予定。 「源氏物語」五十四帖(丸谷才一、森谷明子の両氏は行方不明のもう一帖があるとご自分の著作で示していますが……)は日本人である限り、書物でも舞台朗読でも、ラジオやCD、映画でも、外国語訳でもオペラや舞踊ですら、どんな表現様式でも楽しめる大古典であり続けるでしょう。
 わが「ネコちゃん」が生涯この舞台朗読を続けられんことを!!


2009/11/24

(萬屋)錦ちゃん祭りが池袋新文芸座であって、ワンサワンサの人でした。11/21私も招かれてご挨拶し、「浪花の恋の物語」をニュー・プリントで観ました。ものすごく美しく哀しく、やはり内田吐夢監督の名作ですね。錦ちゃんも有馬さんもステキだった!! 会場に錦ちゃんも来ていたのではないかしら。何と言ってもうまい役者でチャーミングだった!! 錦ちゃんのお姉さまタカ子さんがお菓子を持って来てくださった。離婚はしたけれどお家の方々とは仲良しだったので久しぶりにお目にかかれて嬉しかった。私は良い嫁で中村家には精いっぱい尽くしたもの・・・。やっぱりあの頃の映画は風格が違いますね。脇の一人ひとりがうまくて充実していて、浪花千栄子さんなど文化勲章をあげたいくらい。皆さん是非DVDでもいいから「浪花の恋の物語」を観てください。もうああいう映画は二度と観られません。

深夜、ちあきなおみさんの歌を聴きました。私の大好きな歌手です。どうして出ないのかしら、何とも惜しい人です。目も口元もきれいで、あんな魅惑的な歌手は今いないんじゃないかしら。

10/14は都筑の区民ホールでスピーチをした。100人もお帰りいただいたほどの入りで、皆さん楽しかったそうです。10/16は千葉のNHKの教室で100人を前にお話しをした。これも面白かったそうです。

10/20は、モネコ・ガーデンに6種類の花・・・水仙、パンジー、桜草、ビオラ、チューリップ、葉ボタンを植えた。ふんばったので腰が痛くなったが春が楽しみです。が、陽よ射してくれ、太陽を・・・と祈る気持ち、庭が北側なんです・・・。


2009/10/18
枯葉がちらりほらりと舞いだしました。どこかから金木犀の香りが漂ってきます。
 今年は忙しかった。

 9/16 東京ロータリークラブのスピーチ。聞く方が偉い方々なので緊張しました。9/19会津若松、
 9/30 にぎわい座で朗読とスピーチ、10/3 神奈川県民ホールでのスピーチ。
 10/4石山寺で源氏物語「若菜」、10/11横浜のはまぎんホールで源氏物語「六条御息所」の朗読。
 11/1 13:30~NHK文化センター青山教室、11/14横浜市都筑区公会堂で、朗読とスピーチ、      11/16NHK文化センター・千葉教室

とにかくお客様によって内容も変えているので勉強もしなければならずいささか疲れてしまって目が回ったのです、ホント。来年はこんなに仕事をせずにのんびり遊ぼうと思っています。近くに至近弾が次々に落ちて友人が亡くなっていくので私も覚悟しなければと思いました。

風が吹き落ち葉が散りしき、池の鴨たちも寒さにふるえる季節がきます。
どうぞ皆さんお身体お大事になさってください。
来春1月にはまた銀座・吉水で源氏を読みます。「若菜」がいいかな?

11/1NHK文化センター(03-3475-1151)の講座では「はなれ瞽女おりん」の一部を読みます。昨日久しぶりに勉強していて泣きました。いい作品です。
では、またね。どこかでお目にかかりましょう。

2009/9/12
民主党が圧勝して政権が変わりました。
心配したとおり、もう大問題が起きています。八ツ場ダムは、相当工事が進んでいるのに中止しようとは・・・。進めてもやめてもお金がかかるのです。給油問題も、沖縄の基地問題、地位協定もどうするんでしょう。

この夏は高校野球が凄かった!! 菊池投手をはじめ決勝戦では手に汗を握りました。さわやかな力強い未来を託せる若者たち。あんな若者が沢山いたら日本の未来も大丈夫だと思いますが、政治家の大人たちの頼りなさを見ていると、大丈夫かな?と考えてしまう。しっかりしていただきたい.

映画「愛を読む人」「HACHI」「マリア・カラス」を観ました。それぞれ面白かった。「愛を読む人」が好きです。

10/4石山寺の朗読は夕方から琵琶湖と月を眺めながら行われます。源氏物語の「若菜」を読みます。
10/11は横浜のはまぎんホールで「六条の御息所」を読みます。
9/17は朝9時55分からフジテレビ「どーも☆キニナル」に出演します。最近の行動を見てください。

やっと涼しくなりました。今年は暑さにまいりました。
皆さんはお元気でね。インフルエンザに気をつけましょう。

  
         

      
  裏庭の花壇。花育て、なかなか手間がかかりますが、楽しみです。

2009/8/15
皆さん今日は!! パソコン不調でしばらく記事が出せませんでした。ごめんなさい。

今日8月15日。64年前の今日は私、朝鮮半島の京城=ソウルにいました。12時天皇の玉音放送で敗戦を知りました。長い年月が流れました。
一昨日、三原橋の映画館で小正正樹監督の「人間の条件」、一・二部を観ました。有馬稲子さん、中国人の娼婦になって、オール中国語で大奮闘シテマシタ。挙げ 揚春闌、すごくよかった!!ですよ。神保町シアターでは成瀬巳喜男監督の「晩菊」が上映され、友人から「有馬さんよかったよ」と電話がきました。映画はDVDでなく映画館で見なきゃ・・・迫力が違います。

今日15日はNHK衛星で「あの日昭和20年の記憶」が0:30より放映されます。明日16日も。

今年は秋、朗読やスピーチであちこち出ています。ホーム・ページでお確かめになってお運びください。
今のところ、まぁ元気な有馬稲子より。暑いですね・・・

2009/8/14

お知らせ
 8/14 16:30~ 神保町シアターで成瀬巳喜男「晩菊」が上映されます。
 9/17 9:55~11:25 フジテレビ「どーもキニナル」出演
 9/30 12:30~ スピーチ 横浜にぎわい座 チケット売り切れ
 10/3 神奈川県民ホール 13:00~スピーチ「横浜で終のすみかをみつけて」
 10/11 14:00~ 源氏物語「六条の御息所」朗読 チケット発売中
 
 10/3、10/11のお問い合わせは、090-7630-5564まで。



2009/5/25

昨24日夜9時から渋谷のユーロスペースで市川昆監督の「愛人」が上映されました。なんと1953年に私が宝塚から東宝に入った年の作品で、今年映画館主たちの投票で選ばれた作品です。私も50年ぶりに観ました。大雨だということでお客様は七分入りでしたが、お天気じゃないのに来てくださってありがとうございました。
才気あふれたテンポの速い面白い作品で、この世にちょっと早く出すぎたと言われたものです。越路吹雪さん、三国連太郎さん、岡田茉莉子さん、菅井一郎さんなど、皆さん好演で、ノエル・カワードの「花粉熱」という作品を翻案したもので、市川監督の独特のよさがあり、有馬さんもピチピチ、おっちょこちょいで面白く、今も少しも変わってないなと思いました。これはビデオにはないものなので、もう見られないでしょう。

7/4、NHKの「ラジオ深夜便」に出演。9/30は横浜でスピーチの予定です。また10/4は、石山寺観月祭で夕方から源氏物語を読む予定です。詳細は後日。


2009/5/5

「ちりもつもれば」読んでくださいましたか?

バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラガ・・・ そんな歌がありました。そうバラが、私が代々木から持ってきた鉢植えのバラが、やっと今年咲いたのです。ここに住んでいらっしゃるバラ好きの方が手をかけてくださって、ほんとにバラ色のバラが咲きました!! マンションの裏庭に作られたアーチの入口に置いてくださいました。新緑の中に五輪ばかりきれいによく笑っています。もう一つ持ってきた浪速イバラも咲き始めました。代々木では地植えしていたので大きな木になり、真っ白な花がこぼれるほどに咲いていました。

5/24、渋谷のユーロスペースで、市川昆監督作品の「愛人」が上映されます。トークゲストをとしてご挨拶させていただきますので、よろしかったらご参加ください。「愛人」は私の大好きな映画で久しぶりです。私も観るのを楽しみにしています。映画は21:05からで、ご挨拶は20:30頃からになると思います。


2009/4/8

桜 さくら さくらが今、満開ですね。今年も京都に行ってきました。桂離宮も醍醐寺も賀茂川のほとりも美しかった。私のこの部屋の五階の窓から左を見ると桜並木があって、ずうっと向こうに続いています。裏の雑木林の池のほとりはいまや散らんとしている桜の下で皆さん宴をやっていらっしゃいます。桜は美しいけれど私は花粉に攻められてつらい毎日です。
ご成婚五十周年になられた天皇・皇后、心からおめでとうと申しあげます。週刊朝日に私の小文が出ています。

「ちりもつもれば」① 心に響く仏師の技 
  

「ちりもつもれば」② 志を持つ男の美しさ 

「ちりもつもれば」③ 自分貫くおじちゃま

     


2009/3/19

昨夜、スカパーの私のインタビューと「夜の鼓」をみて下さいましたか。よかったですよ。やっぱり素晴らしい映画でした。
共同通信の「ちりもつもれば」を6月末まで、月一回書いています。①、②はもう各紙に出ています。③を出すところです。
毎日新聞に「好きなもの」というエッセイが、4/19日朝刊に出ます。
4/11は京都の祇園会館で「浪花の恋の物語」の上映があり、私がトークをします。上映は2時から、トークは4時からです。お逢いできることを楽しみにしております。
 ピアで前売りをしています・・・前売券1500円、当日券1800円。
 お問合せ 祇園会館 075-561-0160 まで。
10/11は横浜浜銀ホールで源氏物語の朗読とトークをする予定ですが、まだ詳細は未定です。決まりましたら、またお知らせいたします。

2009/3/8

スカパーの衛星劇場で、「東京暮色」「彼岸花」第1回目が放送されました。
今日は「わが愛」、明日は「夜の鼓」が放送されます。共にビデオが出ていませんので、この機会にぜひご覧ください。それぞれあと2回ずつ放送されます。放送予定は前回、2/28の記事をご覧ください。
小津作品の「東京暮色」「彼岸花」は松竹からビデオが出ています。 

2009/2/28

共同通信に書いているエッセイ「ちりもつもれば」の現在の掲載紙のお知らせです。
 6月まで月一回掲載で、
  岩手日報、埼玉新聞、神奈川新聞、静岡新聞(夕刊)、山陰中央新報、福井新聞、
  北國新聞、岐阜新聞、京都新聞、神戸新聞、徳島新聞、愛媛新聞です。
 ぜひ読んでみてください。

スカパーの「衛星劇場」で東京暮色他4作品が放送されます。
 
放送予定 
東京暮色 3/4 20:30~ わが愛 3/8 16:45~
3/22 8:00~ 3/25 21:00~
3/28 11:30~ 3/28 19:00~
彼岸花 3/6 7:30~ 夜の鼓 3/9 15:45~
3/11 21:00~ 3/18 21:00~
3/28 14:30~ 3/28 16:30~
 

2009/2/18

15日、岐阜県のうすずみ温泉で源氏物語の朗読とスピーチをしました。薄墨桜はまだ咲いてなくて残念。でも岐阜の方たちはのんびりしてやさしくて、いいですね。
前回お知らせした「ちりもつもれば」は掲載紙が多くなってます。今度は2/24掲載予定で、~チェ・ゲバラ~です。ご期待ください。
2/22・22:00からNHK教育「ETV特集」で以前に触れた免疫学者の多田富雄さんと白洲正子
さんのお話が
放送される予定です。お時間がありましたらぜひご覧ください。  
第261回
もう一度会いたかった
~多田富雄、白洲正子の能を書く~

17日の朝日新聞に「ホームレス歌人さん連絡求ム」という記事が載っていました。
昨年末から朝日歌壇で入選を続けている住所を明記していない投稿者への呼びかけで、
「何とか連絡がとれませんか。あなたが手にすべき入選一首につきはがき10枚の投稿謝礼も
宙に浮いています」という内容でした。
   入選歌は、
  
12/ 8 (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ・・・ダリの時計?
  
12/22 一首
     
1/ 5 パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる
     
1/19 一首   
     
1/28 親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす

    選外作
       
美しき星座の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻 
       百均の「赤いきつね」と迷いつつ月曜だけ買う朝日新聞
・・・朝日歌壇は月曜朝刊掲載。

 こんな方もいます。切ない世の中です。


2009/1/25

 音もなく春が近づいているような気がします。
 紅梅が散歩道に微笑んでいました。

共同通信から「ちりもつもれば」というエッセイを6月まで月一回書きます。1/26が初回ですが、どの新聞に載るかお知らせしますので、お待ちください。
「WILL」という雑誌の3月号を買ってください。私の写真がたくさん載っています。
自伝「バラと痛恨の日々」と一緒に見てください。
「アイライフ」(2月10日発行)にインタビューと写真が出ています。

 今年も源氏の朗読があるので勉強を始めています。
 早く暖かくなってほしい。うんと野山を歩きたいものです。
 お元気で。


2009/1/14
  
 
はつゆめの せめては 末のよかりけり  万太郎     

 皆さん良いお正月を過ごされましたか? 

私は友人たちと京都で過ごしました。上賀茂神社、北野天満宮、八坂神社に詣でました。
天満宮は菅原道真を祀ってあるので「筆始祭り」が行われていて、子供たちが熱心に筆をふるっていました。私もこれから書道を学びたいと思っていたので、先を越されて、一寸ショックでした。
京から帰るとNHK「いっと6けん」の撮影や「ゆうゆう」の取材があり、これからは衛星で3月に放映される私の映画「新銀幕の美女シリーズ」のインタビューがあります。昔の私の仕事ぶりを見て下さい。良い仕事してますよ。「彼岸花」「東京暮色」「わが愛」「夜の鼓」「抱かれた花嫁」・・・。

今年は、また源氏を読む機会があるので勉強はかかせません。去年は忙しかったので、今年 は栄養を吸収する年にしたいものですね。
        

2009/1/1
  
 
あけまして おめでとう ございます    
     
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
        

2008/12/31
  皆さん今日は!! 押し迫ってきましたね。
今日は一日中、放ってあった棚やテーブルを片付け、冷蔵庫をきれいにしてホッとして
いますけど、二週間もすれば又元通りになるでしょう。
いやー、忙しい一年でした。源氏の朗読を8ヶ所でやりましたが、「六条の御息所」
「藤壺」
「若菜」と三作品を読みましたので勉強も大変で、アッという間に一年経ちました。
最後の神奈川近代文学館も満杯で、うるさい友人が一番よかったよと言ってくれました。
NHK「生活ほっとモーニング」やテレ朝「徹子の部屋」はアメリカの友人も「見たよ!!」と
言ってくれました。
キネマ旬報の高崎俊夫さんという方が「素晴らしき映画女優」というところで私のことを
書いてくださり、谷崎潤一郎先生が「夜の鼓」を大層褒めて下さっていることをご紹介
下さり、この映画はひどくしぼられたので、又嬉しかった!!です。
12月11日のサンケイ新聞(西日本)に「藤壺」を見ての感想を山上直子さんが、
「源氏や左大臣、女房たちを巧みに演じ分ける一人芝居さながらの有馬さんの朗読は
見事」と書いてくれています。1000年前の作品なのに男と女のことは少しも変わって
ないので、紫式部という人の凄さに感心しています。
来年は「錦ちゃん祭り」があるそうで「浪花の恋の物語」をやるそうなので、
私も駆けつけます。

来年はタカラヅカで初舞台して60年になります。よくもったもんですねエ!!
 2009年、来年もどこかで逢いましょう。どうぞよいお年を・・・

文藝春秋2月号に「20世紀の美男」を書きました。見てください。

2008/11/28
 
 目にも鮮やかな紅葉、枯葉のじゅうたんを踏みしめながら
 久しぶりに散歩しました。

11/23博品館劇場での源氏物語「若菜」の朗読は、お陰さまで大盛況、チケットがないほどの入りでした。大勢のお客様に聴いていただくことができて、うれしかった!!
「六条の御息所」「藤壺」に続いて、数々ある魅力的な源氏物語のお話しのどこを読むか熟慮していたこともあり全体の準備が遅れ、稽古日数が少なくちょっと大変でした。でも、紫の上が主役のこの章は、女三の宮が降嫁してきて女としての紫の上の心の揺れがよくわかり、良い選択だったと思います。とてもよかった、泣きましたと言っていただきました。
劇場まで来てくださった方、ありがとうございました。

前にもお知らせした12/10発売予定の

ひとり語り「はなれ瞽女おりん」のCD
の完成版が届き、わくわくしながら聴きました。とても良い仕上がりになりました。

大正時代、春・夏・秋、そして冬、北陸の豊かな自然と厳しさ、美しい若狭湾、門付けをしながら北陸路を歩いた瞽女の暮らしぶりを思い浮かべながら、和田薫さんの曲とともにじっくりおりんの話しをお聴きいただけたらと思います。
ご希望の方は、090-7630-5564 News Arima までお問合せください。

10/3に放映されたNHK生活ほっとモーニングの「この人にときめきを!」は、ご希望によって再放送の予定があるそうです。見逃された方、NHKにご希望を出してくださいませ。もしかすると再放送されるかもしれません。

これからいろいろな記事を書きます。文藝春秋2月号、「銀座百景」、
共同通信では1月から6回、「ちりも積もれば有馬稲子」というタイトルで書く予定です。ご期待ください。

 夜空の星を見上げましょう!!

2008/10/29
源氏物語千年紀ということで、ここのところ源氏物語の朗読が続いています。明日も京都へ
行って。31日にブライトンホテルで「藤壺」を朗読します。
11月23日は銀座博品館劇場で「若菜」を初めて読みます。今、猛烈に勉強しています。若菜は紫の上のお話です。一番可哀そうな人かもしれません。輝き続けた光源氏も若い女三の宮を嫁にもらってかげりが出てきました。それにしても紫式部はすごい作家です。聴きにいらしてください。

●11月5日の「徹子の部屋」に出ています。これはBSで再放送されます。

「有馬稲子と五つの楽器による詩劇 はなれ瞽女おりん」のCDができました。12/10に発売される予定です。NHKの「生活ほっとモーニング」でご紹介しました。聴いてください。

 散歩にいい秋です。お健やかに。

2008/10/10
8日ハーモニーホールふくい、9日パレア若狭での源氏物語「六条の御息所」の朗読は、満員のお客様から熱い拍手をいただきました。コスモスと白いそばの花の揺れている中で・・・、またひとつ思い出ができました。

9日は、おりんの故郷、小浜湾が一望できる海辺の宿に泊まりました。
「おらの生まれ在所は、若狭小浜の仏谷じゃと教えてくれた人があったけも・・・」という科白の、あの仏谷が見えたのです!! 私は水上先生の創作上の地名だと思っていたのです。目の前の海岸に立つと、湾の右に見える小島の向こうが仏谷だったのです。感激しました!! この次はぜひ訪ねてみようと思っています。

福井は大好きな宇野重吉さんと水上さんの故郷です。「はなれ瞽女おりん」の旅の途中で一滴文庫を皆で訪ね、、水上先生を囲んでいろりでサバを串刺しにして焼き、大酒盛りをしました。水上さんは艶々して猥雑で面白い方でした。芝居おりんは2004年に終わりましたが、その後のひとり語りを通し28年ほど演じて、おりんはもう私の分身になりました。仏谷も私の第二の故郷です。旅公演の最中、福井の国民宿舎で茹でたてのカニをたらふく食べたこと、ムチャおいしかったこと、忘れられません。

2004年に芝居おりんはセットの鉄骨も私の足もボロボロになって終わりましたが、今はひとり語りと音楽の生演奏でやっています。公演のご希望がありましたら青年座までお問合せください。近々そのCDも出ます。

福井の帰山さん! 貴女のお陰で福井公演が実現しました。ありがとう、感謝しています。

2008/9/16
いよいよ明日、五つの楽器と私のひとり語り「はなれ瞽女おりん」CDの収録です。24年間上演された芝居の「おりん」はなぜか記録用ビデオしか撮ってなくて、あの名作は人々の網膜にしか残っておりません。残念なことです。今のは私がひとりで七役を演じるひとり語りですが、和田薫さんの素晴らしい曲と五人の方の名演奏で、芝居おりんとはまた違う名品となりました。ずっと勉強していましたが、やはり感動的な作品です。日本人のやさしさ、誠実さ。一筋の愛の強さ、美しさ。私は24年間ひとりでおりんを演じてきて膝を痛めたのですが、テレビでパラリンピックで奮闘する人たちを見て感動しつつ、あの明るさや気持ちを見習おう、負けるなと自分を励ましています。
CDが出たら買ってくださいね。その時はまたお知らせいたします。

多田富雄先生が朝日新聞に書かれたエッセイを読まれましたか? 大変よかったので、石牟礼道子さんとの往復書簡「言魂」も読んでみました。こちらも大変素晴らしかったです、機会があったらぜひお読みください。

神保町シアターとラピュタ阿佐ヶ谷で私の映画も上映されているそうです。

2008/8/29
8/28 パレスホテルで源氏物語の「藤壺」を朗読しました。パレスホテル恒例のランチ付きセミナーの一環として詠みました。素敵な琴の演奏もあり、私も猛勉強した甲斐あって何回か聴いてくださった方が、とてもよかったと言ってくださいました。源氏で笑わせたいという私の意図が通じて各所で笑い声が起き、うれしゅうございました。
今後源氏物語は京都、福井、京都と続き、11/23博品館では新作をご披露いたします。

オリンピックが終わりました。メダルをとれなかった選手も、それまで必死の努力をして研鑽を積んできた人ばかりなので胸打たれました。メダルをとった人はもちろん立派ですけど(特に女子ソフトボールは凄かった)、とれなかった人たちも立派でした!! 次の飛躍に向かってまた頑張ってほしいです。
私の仕事は主に舞台ですが、やはり精神面が一番大事なような気がします。昨日の朗読も時間が押して稽古はほとんどできなかったのですが、えいっ!!と清水の舞台から飛び降りる気でやりました。喜んでくださる方がいてほっとしたのですが、生きていくことは楽ではありません。振り返ると辛かったことが多いです、それが人生・・・なんですね。

文藝春秋のエッセイスト集「美女という災難」、私のエッセイの題が本の題名になっています。お読みください。

9/17におりんのCDの収録をします。和田薫さんの名曲と語りのコラボレーション「はなれ瞽女おりん」です。やっと出ます。もう芝居はできないからCDで。思い出してください、名場面を・・・。

私の命も秋に入りました。人生のそれぞれの季節を大事にしていきたいと思います。
皆さんもお元気でね。

2008/8/8
8/2 私のマンション中庭で、提灯をつけて屋台の上で太鼓をたたいて本格的な盆踊り。私も暗くなってから?十年ぶりに踊りました。楽しかった、暑かった!!

8/8 今日から北京オリンピック。開会式を見ました。凄い!!何も言えません。13億の大国。日の出の勢い。どんなことも可能でしょう。どんな素晴らしい才能も掘っても掘っても出てくるでしょう。国力の落ちてきた日本。選手はただ実力を伸び伸び発揮してくれることを願うのみです。メダルはついてくるものです。

私は高校野球が大好きで、今、源氏の朗読やおりんのCDづくりのための稽古をしていますが、ついテレビを見てしまいます。どこを応援するというのではなく負けている方にエールを送るのです。あの爽やかな笑顔、しなやかな体、みな素晴らしい!! 今が一番良い時です。あと20年もすれば人生の難しさに足が重くなり潰されそうになるかもしれません。今、今頑張って、その頑張りを忘れないでください。

9月号の「ゆうゆう」に、この黄昏のおばさんの記事が出ています。長い人生を歩んでたどり着いた終の棲家のお話。友達を大切に残りの日々を精一杯生きましょう。

2008/7/25
今日は特筆すべき記念日になりました。
私の大好きな内野聖陽さんと「ゴンゾウ」というドラマで共演しました。バンザイ!!
「蝉しぐれ」「エリザベート」「風林火山」etc・・・ 皆さんの方がよくご存知でしょう!
ジリジリ照りつける太陽の下で、アツイアツイ共演をしました。
私は筒井道隆さんの母なのですが、筒井さんも優しいとても良い方です。

野茂英雄投手が引退しました。1995年にメジャーに最初に飛び込んだ勇気、素晴らしい活躍、不調の時も自己鍛錬を怠らなかった根性。
まだまだ活躍できると思うけど、惜しいなぁー。

 暑さに負けずユラユラがんばらないで生きてましょう。そのうち涼しくなりますよ。

2008/6/16
昨日、昭和35年・五所兵之助監督の「わが愛」を神保町シアターで観てきました。
土曜の昼下がり、ほぼ満員でした。やはり大きな画面は新鮮で、有馬さんやはり美人だー。
若い頃は人にほめられても私の思う美人は、オードリー・ヘップバーン、デボラ・カー、マリリン・モンロー、モニカ・ヴィッテイのような目の大きな人のことでしたから、自分のこと良いとは思いませんでした。
昭和35年頃の私は叶わぬ恋をしていて、水島きよの新津(佐分利信)に対する思いは現実と重なっていたためとてもよくわかったのです。
原作の岡山ではなく信州のアルプスを目前にできる麻績村に一ヶ月滞在してロケしたのです。映画の背景の山々も美しく、夏も虚ろ、秋も虚ろ、冬も春も。天に近い虚ろな光と風の中で暮らしたきよは、もうあげるもの何もなくなってしまいまった。「わが愛」は男の理想であり、この映画のファンが多いのはうなづけます。私も大好きな作品です。脇役がいいですねエ!!

宮城・岩手内陸地震で、また傷ましい犠牲者が出ました。中国四川省の地震を他人事ではないと思っていた矢先です。皆さんがんばってください。
週刊新潮(6/19発売号)の「マイ・オンリー」という欄に小さな記事を書いてます。ぜひお読みください。
8月28日はパレスホテルで源氏を読みます。

 毎日、8000歩くらい歩いています。夏を覚悟して迎えましょう。早寝がいいですね。

2008/5/21
■スピーチ
5/17の雑誌「いきいき」のお話会は、700人近くの人が来てくださって熱気に包まれました。私もいきいきと、なぜ代々木の素敵なマンションを捨てて横浜の一間の部屋に移ったのかということを率直にお話ししました。主催者がびっくりするほど人が集まったのは後期高齢者や年金問題がいつまでもガタガタしていて政府が信じられないのでご自分の老後についてゆらいできたので話を聞いてみようという方が多かったのではないでしょうか。

私は昔は900坪、プール付き、体育館付き、バラに囲まれた家にいたこともあります。離婚してからも田園調布のの200坪の家にいたこと。二度目の夫の倒産でその家も失って代々木に母と移ったこと。そこも売って、また小さいけれど素敵なマンションにいたこともありました。いろいろ考えてそこも処分し、雨露がしのげるだけの一間の横浜に来たことなどを話しました。以前から年をとったら生活を縮小したいと考えていたので、宝塚の友人二人が誘ってくれたここへ来てみると、思いがけず森林の中のようで、七つの公園に囲まれていたこと、住んでいる方々が皆礼儀正しくご親切なこと、友達がいるので寄宿舎のような感じだということなどを話しました。

代々木から連れてきたブルー・ムーンというバラがしょぼしょぼながら咲いてくれた。近くの池には蓮の花が咲き、黄菖蒲が群生し、カルガモが歩いている。宇宙船より狭い部屋でもがいているけれど、まあ!! こんなものか!! 人間生まれたときと同じ、一人で死ぬんだもの。

この前収録した朗読「水仙」は、もうすぐダウンロードできるようになります。


 とにかく健康でいたい。いてください。それだけです。
 荷物の整理は根気がいるし疲れるから引越しは早いほうがいいですよ。前にも書きましたが、 私も去年やってよかった。今年だ
たらもうダメだったでしょう。

2008/4/23
■石山寺
4/20大津、石山寺での源氏物語千年紀・奉納朗読は成功裡に終わりました。東京から10人、明石、大阪、京からも駆けつけてくださってありがとう!! 

紫式部が、源氏物語の成功を祈願し参籠して書き始めたといわれる石山寺。それから千年。京の桜を見るのもいいけど、それはいつでも行けます。これは千年に一度のこと、しかも石山寺で読ませていただけることになろうとは・・・全く光栄で信じられないことでした。出来たばかりの光堂の木の香りの中、鎌倉時代の阿弥陀如来様の前で台本を奉納し、朗読しました。


寂聴さんの「藤壺」を読みました。もったいなくて胸が震えました。相当勉強しましたので大丈夫だっただろうとは思いますが、どうだったんでしょうか?

朗読が終わって友人のお宅に席を移し、皆さんと式部弁当をいただきながら歓談しました。
ご協力くださった石山観光協会の方々、浅野さんご一家のご苦労は大変だったと思います。
そして、真新しい光堂での朗読を快く承諾し聴いてくださいました石山寺座主・鷲尾様ご夫妻、ご協賛くださいました大津の商工会の方々、取材してくださいましたNHK大津放送局、読売新聞、京都新聞の方々に心よりお礼申し上げます。

またお客様も山門から歩いて石段や坂を登られて・・・、でも「気持ちよかった」とおっしゃってくださって嬉しかった。

中秋の名月の頃にあの月見堂から湖を見渡せたら、そんな幸せなことはないでしょう。
9月13・14・15日に本堂で月を観る会があるそうです、また石山寺に登ってみませんか?

三つ葉ツツジ、八重桜の残り花がきれいで、紅葉の小さな葉が可愛かった。
雑誌「いきいき」の会に出る方は、5/17に目白の椿山荘でお逢いしましょう。
2008.4.21 読売新聞記事より
2008.4.21 京都新聞記事より
石山寺 光堂

朗読
鷲尾遍隆・石山寺座主と

光堂内

2008/4/15
京のしだれ桜をいっぱい見ました。きれいだった。常照皇寺は今が盛りでしょう。二条城の夜桜もすごかった!! 京都はやはり美しい!!

4/20大津、石山寺での奉納朗読が近づきました。よい仕事になるようお祈りしながら勉強しています。1000年の昔、紫式部がここにお籠りして源氏物語を書き始めたという場所で、そこで朗読できることはとても光栄なことです。

うれしい話・・・前回お知らせした、パソコンでダウンロードしていただく三つの朗読が決まりました。瀬戸内寂聴さんの小品を朗読することになりました。私の大好きな作品を読んで成功したら、また他のものも読めるでしょう。

もう一つ・・・「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」は、2004年の初演から昨年まで毎年公演してまいりましたが、CDになることになりました。名舞台といわれたお芝居のビデオはないのですが、ぜひ音楽と物語(朗読)のコラボレーションをお聞きください。
CDが出来ましたらお知らせいたします。

私は昔から野球の野茂さんが好きなのです。真っ先にアメリカのメジャーに挑戦して,どん底も味わって、今またメジャーに上がってきた・・・何という克己心、偉い人だと思います。
私も、今未知の世界に足を踏み込んで、いつ、どうなるかわかりません。倒れる日まで精一杯努力を続けます。応援してくださいね。

2008/3/28
私の窓から、息をのむほど美しい桜並木が見下ろせます。なぜかうちの前からではなく、お隣からずうっと左手へ延びています。うちのベランダでお花見ができます。
きのうは、友人と桃の花を見に行ってきました。見てください、近くに、こんなに見事に咲いているところがあったのです!  一面、あでやかな濃いピンクの花色で染まっていました。去年は仕事で行った山梨の塩山で見ましたが、今年は近くで見られて幸せでした。   桃源郷って、どんなところだったのでしょうね・・・

3月16日の友の会はとても盛況でした。私は歌と朗読をして、米良美一さんが歌ってくださって、チェロの演奏も変わっていて面白かった。古い方から新しい方までファンの方が集まってくださって、嬉しかった。ありがとう。

3/20岡山で「山崎陽子の世界」を朗読し、皆さん泣いてくださいました。

4/20は大津の石山寺で源氏の「藤壺」を読みます。

これから朗読を三つ勉強しなくてはなりません。いずれパソコンでダウンロード(有料)するとどなたでもお聞きになれます。何を読むかお楽しみに。

  京都の桜が楽しみです。早く行かないと散ってしまいそう。

2008/3/7

BSでやっていたハンフリー・ボガートの「カサブランカ」、ご覧になりましたか?
今年1月の文藝春秋に「母のハンフリー・ボガード」という原稿を書きました。好評でした。私は世界中の男の中でハンフリー・ボガードが一番好きなのです。勿論「カサブランカ」の役柄が良いということもありますが、彼こそ男の中の男。色気があって、本当はやさしくて、命がけで女を助ける、口数が少なくて行動力がある。
腹の立つことばかりの昨今、良識とか心意気とか礼儀とか思いやりがなくなった世界では生きられません。ハンフリー・ボガードのような男性が多かったら世の中もっと住み良くなるでしょう。この前のイージス艦の事件など、あんな良い親子がまだ海の底に沈んでいると思うとたまりません。少しでも早く見つかるよう祈っています。

3月20日・岡山で「老婦人とうさぎ」、4月20日・京に近い大津・石山寺で寂聴源氏「藤壺」を読みます。春の琵琶湖、いかがですか?

転居してきたばかりの横浜で桜の季節を迎えます。ここは桜の園なんですって。楽しみにしています。



2008/2/16

 
みなさん、今日は。

「蔵のある家」は、きのう船橋で千穐楽を打ち上げました。
素晴らしい仕事でした。役者みんな精一杯つくしました。風邪気味だった私もやり通しました。
うめという明治、大正、昭和と一生懸命生きた女の、平凡だけどひとつの人生を短い間に見せる・・・。難しい役だったけど好きでした。
観てくださった皆様、ありがとうございました!!

明日から「サヌカイト」の稽古、私には初めての試みの仕事です。
風邪を早く治して、体調を整えて取り組みたいと思います。


2008/1/27

■「蔵のある家」
23日練馬文化センターで初日の幕が開きました。お客様がしっかりついてきてくださって、笑ったり泣いたり考えさせられたり、大成功でした。私たちもほっとして、ますます良い舞台にしようと思っています。お近くの演劇鑑賞会にお問い合わせして、ぜひいらしてください。

■「サヌカイト」
「蔵のある家」の後、2/22~24までニッポン放送地下のイマジンスタジオで公演があります。ラジオドラマの収録風景が芝居の一部になっている・・・というお芝居です。こちらもお楽しみいただける素敵なものになると思います。お知らせのページをご覧ください。


2008/1/17

 
きょうは「蔵のある家」の稽古はお休みで、ちょっとのんびり。
稽古場では追込みに入り、皆張り切っています。森新太郎演出がとても新鮮です。

★映画
神保町シアターで私の映画が続けて上映されます。1/21には「波の塔」「白い魔魚」「朱と緑」の3本が上映されます。私も行きたいくらいですが、舞台のための移動日なので我慢。


できたら劇場でお会いしましょう。


2008/1/3

 
2008年 明けましておめでとうございます。
初日の出は下田の白浜で拝みました。6時15分に家を出て白浜の浜辺で待機していましたら、6時59分、海上から2008年の太陽が昇りました。雲がなくて荘厳でした!!
今年の初仕事「蔵のある家」が成功しますように、友達が皆幸せでありますように、日本の国が少しはよくなりますようにと白浜神社で祈念しました。下田の家に戻り、恒例になっている大好きな関西風雑煮(丸もち・白味噌仕立て)を作りました。

コンサート・TV
昨年クリスマス・イブにあった石井好子さんのコンサートでの迫力、紅白の石川さゆりさんの美しさが印象に残りました。そして2日に見たイチローのインタビュー。あれほど天才と言われている人の苦しみ。試合中に気分が悪くなるほどの重圧に2007年は逃げないで立ち向かおうと思った、もがいて苦しんでいると光が見えてくる・・・と言っていました。私も自分を鞭打っていますが、しっかり自分を冷静に見ているイチローさんに感服しました。

「蔵のある家」
好きな芝居です。お近くの演劇鑑賞会にご入会なさって観てくださいね。


2007年12月31日

「蔵のある家」
今年の稽古は終わりました。昨年赤坂で好評でしたので1月半ばから首都圏で上演されることになりました。練馬、松戸、浦和、立川、昭島などを回るのですが、意外と移動が大変そう。でも私はこの芝居が好きです。長男の満が「・・・お墓の掃除しとったら三十くらいあって、天保とか嘉永とか文久とか歴史の時間に習った時代からわが家もあったとは驚きだよ」というくらいの岐阜の旧家の話です。今はひと
りで住んでいるうめのところへ息子や娘夫婦や近所の人がくる。日本人の心にしみじみ訴えるものがあって、谷内六郎さんの絵のような懐かしさを感じていただけると思う。松の内が終わったら追い込みの稽古、きっといい芝居になるでしょう。

●「サヌカイト」

2月後半「サヌカイト」という、ラジオドラマを舞台風に見せる珍しいものをやります。効果音の名人もそのまま出演するそうで面白くなりそうです。

・・・少し前に読んだ寂聴さんの「秘花」に感激し、一部を朗読させてほしいとお願いしたら快くOKしてくださいました。何か良い形にできると良いのですが・・・。不器用な私ですが、一つでも多くいいものを演じたいと思っています。


2007年12月5日

おりんがすんでほっとしたのも束の間、次の「蔵のある家」の勉強にかかっています。20頁のひとり芝居があるのです。

●スケート
NHK杯のフィギュア・スケートで安藤美姫選手が優勝候補と言われながら転倒して4位になりました。さぞ悔しかったでしょう。リンクに出てきた時蒼ざめていて大丈夫かなと心配しましたが、案の定。可哀そうでした。スケートはいつも皆さんリンクに出た瞬間どんな気持ちだろうと思うのです。私なども舞台に出る瞬間「えい!!」と清水の舞台から飛び降りる気で出ています・・・この年で。イナバウァーで有名な荒川静香さんはなんて強い人なんでしょう。あの意志の強さ、克己心。自分をコントロールできる何かをどうやって培ったのか。ぜひ知りたい気持ちです。スピードスケートの清水宏保さんも尊敬しています。私は、あかんたれなのです。

散歩
毎日、赤や黄色の落ち葉のじゅうたんを踏みしめて散歩しています。左右の大木に覆われた樹木のトンネルを過ぎると視界がひらけ、池に出ます。蓮池です。今は池も静かですが、かるがもが泳いでいます。林の中には二羽の立派な鶏がいます。夜はどこで眠るのでしょう。朝はトキの声を張り上げて驚かされましたが、今はすっかりなじんで、時々コケコッコーと言うと、コケコッコーと答えます。
散歩の行き帰りにも同じマンションの方々にお会いします。皆さん礼儀正しくて親切です。夏は中庭で盆踊りを楽しみます。いろんな趣味のクラブがあって生き生きと愉しんでいらっしゃいます。いろんな人生を生きてらした方々のいろんな暮らしぶりを見て勉強になります。
ここへ誘ってくれた友人に感謝しています。

文藝春秋
12/10日発売の1月号に母のことを書きました。読んでくだされば嬉しいです。



2007年11月15日
皆さん長い間ごぶさたしてごめんなさい!!
10月、福井・浜松・杉並であったおりん公演のため、勉強(80分のものを暗記)しなければなりませんでした.

●放映
2002年に放送されたNHK月曜ドラマ「名古屋仏壇物語」が再放送されます。

放送は12/10~12/17の月~金曜日。共演の方々は、木村佳乃さん、山田昌さん、杉良太郎さんと多彩です。
●ひとり語り
10/21、杉並公会堂で有馬稲子と五つの楽器による語り「はなれ瞽女おりん」をやりました。
音響の素晴らしい音楽ホールでした。今回は福井、浜松、杉並とも音楽ホールで、杉並が今回の最終公演でした。私も力いっぱいやりました。7人の役を一人で演じ分けるので大変でしたが、面白かった。泣きながら聴いてくださった方もあり、幸せでした。CDかDVDにしようと計画しています。良い仕事でした。
10/25 神戸
ピフレホールに行ってまいりました。
NPO神戸100年映画祭が毎年開催している映画祭の幕開けに呼んでいただき、映画「わが愛」「夜の鼓」の上映後、京都で撮影された「夜の鼓」のエピソードなど、いろいろ懐かしいお話しをしてきました。宝塚時代の友人や、「夜の鼓」の撮影の時からのお友だちや、会場いっぱいの方々の温かさに包まれ、私もとても楽しいひと時を過ごすことができました.日本で映画が初めて公開されたのは神戸だそうです。それから100年目の1996年11月、阪神淡路大震災被災地の文化復興をめざして映画祭がスタートし、今はNPO法人神戸100年映画祭として毎年11月に映画祭を開催しているそうです。
10/27台風襲来 船橋へ日帰り
2008年1月22日~2月17日に公演が予定されている「蔵のある家」の前宣伝に行ってきました。巨大化するターミナル、わかりずらく、雨の中やっと辿り着いた会場で、熱心に集まってくださった方々にご挨拶。帰りは台風真っ只中。久しぶりに台風のエネルギーを体感した一日でもありました。
11/10 新宿住友ホールで「平和祈念フォーラム」に参加
引揚者の方々の手記を朗読。戦争が引き起こした惨事に巻き込まれた数多くの人々。その人々の数だけ、ひとりひとりの胸に語り継いでいってほしい歴史があったことでしょう。泪せずには読めませんでした。私も釜山からの引き揚げ体験をお話しさせていただきました。
戦争を知らない世代を親に持つ高校生たちが作った戦争についてのビデオ上映。横須賀高校の作品「バターン半島従軍記」は優れていました。
私も「収容所から来た手紙」を読んでくださいと頼みました。風化させてはいけません。

●11/11 迷路のような高速道路で草加市へ
雨も小止みの一日。草加市あげての福祉祭りでスピーチ。社会福祉協議会の方々のご尽力で、年々盛大になっているそうです。瞽女さんになった「おりん」の話を少し朗読し、今とは異なる社会環境のなか底辺で哀しくも強く生き抜いた人たちがいたことをお話しいたしました。満員のお客様で、遠く新潟から来てくださった方もありました。

11/17 名古屋・中電ホール、朗読ミュージカル「山崎陽子の世界Ⅶ」
「老婦人とうさぎ」を朗読いたします。山崎陽子さんの美しくも哀しい、素敵なお話です。もう日が迫り、一生懸命稽古中です。
お問い合わせは、News Arima 090-7630-5564まで。

■11/24 源氏物語「藤壺」
横浜・上大岡で朗読いたします。藤壺を読むのは二回目で、寂聴さんのオリジナルです。紫式部とどこが違うのでしょうか。どうぞお楽しみに。
ご観劇ご希望の方は横浜市港北区民センター「ひまわりの郷」までお問い合わせください。午後6時開演です。

といった具合で忙しかったのです。体もちょっとこわしました。では、また。


2007年7月19日
皆さん今日は!!
前回お知らせしましたように横浜の緑の多いところへ思い切って引越ししたのですが、宇宙飛行船のキャビンの中のように狭い空間でもがいています。でも、毎朝緑の中を散歩できて、日々リフレッシュできる良いところです。

明日の朝日新聞(7月20日版)に「風雅月記」を書きました。8月も9月も書きます。どんな暮らしをしているか、ご一読ください。

秋の「おりん」と冬の「蔵のある家」に向けて、自主稽古を始めています。

2007年6月28日
皆さん今日は!!
引越ししました? 横浜へ・・・。
大好きだった代々木を去るのは辛かったし、代々木のお友達と別れるのは悲しかったけれど、横浜港北にタカラヅカの友達が二人いるので頼りにして来ました。
4月末から準備を始めて6月7日に移りました。イヤー? 疲れました? 家具以外に80個のダンボールにパッキングをして、またそれを開けて・・・大変でした。手伝ってくださった方々に感謝せずにはおられません。
しかしいろいろと考えさせられました。人間は最小限どれだけのモノがあれば生きられるのか?頂いた多くの懐かしいお手紙をどうすればよいのか・・・to be or not to be・・・とハムレット並に悩みました。一大イベントでした。

さあ? 7月1日神戸オリエンタル劇場で源氏物語の朗読に向けて出発です。新しい衣裳も作りました、視覚的にも素敵にしたいから。関西の方に奮って駆けつけていただきたいのですが、読売新聞社読者ご招待の講演+公演です。抽選でチケットを手にされた方、楽しみになさってくださいね。私の大好きな「六条の御息所」です。舞台でお目にかかりましょう。では、又。

2007年5月18日
 皆さん今日は!!
 パソコンの不調で記事掲載が遅くなってしまいました。
5月11日、
北村和夫さんのお通夜に文学座に行ってきました。
大好きな北村さん!! 私はニール・サイモンの「巣」、デ・フィリッポの「あゝ家族」で共演いたしました。面白い温かい方で、エピソードはいっぱいあります。ある初日の前に私が「あゝ あと十日しかない」と言ったら、彼が「まだ十日ある」と言ったのです。科白をほとんど覚えてないくせに・・・。しかし幕があくと目の覚めるような男振りで、毎日舞台で泣きました。彼を抱きしめて「もうこんな都会なんかやめて田舎暮らししましょう。小さな塾でも作って・・・」、彼も大粒の泪、私も彼ががいとしくて大粒の泪・・・でした。
80年の生涯を良い仕事を十二分にして生き切った!! という感じです。
親友の加藤武さんが「まわりみな にわかに逝きて 春惜しむ」という北村さんを悼む句を捧げられました。
私もあと何年?
「おりんひとり語り」「蔵のある家」「老婦人とうさぎ」 精一杯がんばります。
代々木の庭は白い
浪花いばらが咲き、アメリカンジャスミン(においばんまつり)が紫の花をつけて匂い始めました。近々引越しますので、この愛する庭もこの五月で見納めです。
東京の方は10/21 杉並公会堂の「おりんひとり語り」で、関西の方は7/1 新神戸オリエンタル劇場「源氏物語」でお目にかかれます。
ではお元気でね、またお会いいたしましょう。

2007年3月20日
 皆さん今日は!!
3月2日の朗読ミュージカル「山崎陽子の世界」での朗読「老婦人とうさぎ」は思いがけず大好評で、11月17日の名古屋公演が決まりました。
今、久しぶりの映画、木村威夫監督の「こぶ広場」に出演するためピアノの特訓中です。不器用な私は泣いています。長門裕之さんほか豪華キャストの映画です。
2月の文藝春秋に載った「昭和の美女」、若い私の写真、ご覧になりましたか? 5月号には、それを見た私の感想が巻頭随筆に出ます。お読みください。
4月1日発売の「グレート・エイジいまこそ」、Exact(エグザクト)というところから出るDVD付きインタビュー記事を見てください。面白いものが出るんですねエ。
NHKラジオ第二放送4月22日(前編)、29日(後編)放送の「私の日本語辞典」で、映画・舞台・朗読について、秋山アナウンサーと思いいっきりしゃべりました。聴いてください。
7月1日は神戸オリエンタル劇場にて寂聴源氏「六条御息所」を読みます。
今、台本4本持って勉強中、いやはや!!
桜を追って全国を巡りたいという夢、今年もダメか・・・。4月初め山梨ロケで多分見られるでしょうが、忙しい春になりました。
では、また。

2007年1月20日
 寒中お見舞い申し上げます。
よいお正月を迎えられましたか? 私は元旦、下田の白浜で雲の中から強烈に光る太陽を拝みましたよ。

今年3月2日三越劇場にて、「山崎陽子の世界」をお手伝いします。森田克子さん、日向薫さんとともに。とても楽しい朗読ミュージカルですから、どうぞお運びください。ご希望の方は、090-7630-5564までご連絡ください。
今、映画のお話があって、待機中です。
東京の方は10/21杉並公会堂で、有馬稲子と五つの楽器による語り「はなれ瞽女おりん」が観られます。最後ののチャンスです。しっかりマークして応援に来て下さいね。

手嶋龍一氏の「ウルトラ・ダラー」を読みました。面白くて、タメになりました。ご一読ください。

では劇場で・・・。

お知らせ   4/22~4/29(再放送4/28~5/5)
       NHKラジオ第二 「映画 舞台 朗読」に出ます。

2007年1月1日
 あけまして おめでとうございます。
昨年は「蔵のある家」「源氏物語」「ひとり語り はなれ瞽女おりん」など、良い仕事が出来てうれしかった!!
今年はたくさん本を読んで、旅行して、体を鍛えて、
ちょっぴり仕事をしたい!! とびっきり良い仕事を・・・。
 皆さんも幸せに暮してください。 

☆文藝春秋2007年2月号に写真が載っています。お時間ありましたら、
 ぜひ見てください。

2006年12月30日
いよいよ今年も終わり。いろんなことがありましたね。殺人事件が増えたこと、官製談合とか学校の未履修問題とか、いじめ、自殺と暗い事件ばかり。心を和ませてくれたのは、スポーツ選手だけでした。荒川静香さんのイナバウアーから始まって、卓球ワールド・カップ・クラシックの優勝、ドーハーのメダル群。ディープ・インパクトも最後には私の有馬記念に優勝して、有終の美を飾りました。フランスのロンシャン事件があった後だけに本当によかった!! もはや故郷に帰って、さり気ない顔をしてのんびりと、今、何を考えているのでしょう!? 
有馬さんも頑張りましたよ。「蔵のある家」は、皆で努力したお陰で仕上がりがよく、旅公演の話が決まりました。「源氏物語」も回を重ねる度に面白くなったと、好評です。「ひとり語り はなれ瞽女おりん」は最後の京都公演が満杯で、すごい拍手をいただきました。男の方が「何度も泣きました」とおっしゃって、嬉しかったです。これはまた来年10月にやることが決まったの、私はまたおりんから脱けられません。「蔵のある家」も「ひとり語り はなれ瞽女おりん」も、3月から勉強を始めました。7ヶ月、10ヶ月かけて、やっと何とかなったのです。来年まで時々勉強してないと忘れてしまいます。若い頃から頭はいまひとつだけど、健康そのものでした。しかし、今、時々身体が文句を言います。芝居「はなれ瞽女おりん」は24年間やってきましたが、舞台にアナをあけたことはありません。体調の悪いときも何とかやってきましたが、「ひとり語り おりん」は、芝居のおりんよりももっと大変なのです。7役をやるのですから、来年10月までプロについて身体を鍛えようと思います、今よりもっと。そして、どこかで倒れたらそれまでです。そんな覚悟でやっています。
どうぞ良いお正月を。来年は、まぁ何とかなるか、健康でさえあれば・・・。皆さんお元気で、また逢いましょう。

2006年12月21日
「はなれ瞽女おりん」五つの楽器とのコラボレーションは終わりました!!
東京、三島、横須賀、京都での七公演は大成功で、京都同志社の寒梅館はチケットをとれなかった方がいらして申しわけないことでした。素晴らしい力強い拍手をいただき嬉しかったです!!

   
京都/同志社大学ハーディーホール

80分のひとり語りは暗記するのに大変でしたが、それを手ぶり身ぶりで面白くするのが相当かかりました。来年浜松で上演される話もあります。
芝居「はなれ瞽女おりん」をまた立ち上げるのは大変ですが、五つの楽器とのコラボレーションのほかに、折々語れるようにピアノ・フルートバージョンのおりんひとり語りも独自にやっています。300人位集まれば語れます。ご要望がありましたらお声をかけてください。

お忙しい中、観に来てくださって本当にありがとうございました。おりんは、もう私の中に生きていて、もう他人とは思えません。またどこかでおりん(私)と逢えますように。

12月17日までで舞台を務めていましたので、今ホッとしています。しかしいろいろ片付けなければなりません。来年は映画の話があるのですが、どうなりますか。エーゲ海への船の旅、ロンドンへ芝居を観に行きたい、スロバキアを見たいと、いろいろ夢もありますが、何より体と頭を整えることが一番。みなさん目標をもってよいお年をお迎えください。

2006年11月11日
水上先生の三回忌に寄せて
もう亡くなられて丸二年になるのですね。
昔々、銀座のバァでよくお目にかかりました。しっかりお話ししたのは、1980年『はなれ瞽女おりん』初演の時に、ぜひ舞台化してほしいと熱望していた関東甲信越、東海の演劇鑑賞会の方々によって、雪の高田で「おりんを成功させる会」が開かれたときでした。脚本はまだなくて、私は盲目にならなければならない、三味線を弾かなければ・・・というプレッシャーで舞い上がっていました。しかしそれからが大変で、三枚、四枚と上がってくる台本を写すやら、三味線の特訓を受けるやらテンヤワンヤ。先生は何度も稽古場や旅先に来てくださいました。東京の幕開けはパッとしなかったのですが、旅の初日の三島でものすごい拍手が続いて、やっと「これは良い作品なんだ」と皆わかったのです。福井の一滴文庫にお邪魔して、先生自ら囲炉裏で串刺しのサバを焼いてくださって酒を酌み交わしたこともあります。艶福家らしい艶々したお顔をほころばせ、スケベな話を次々と披露なさる、面白い方でした。「越前竹人形」も350回位は演らせていただきました。女の可愛さ、もろさ、すごさを余すところなく描かれた水上先生。
 私が『はなれ瞽女おりん』で全国を廻っている間にいつお書きになったのか或る日、「いつかこれをやりなさい」と『ひとり語りおりん』の脚本をくださいました。私はその時はちょっと意味がよくわからなかったのですが、先生はちゃんと先を見越しておられたのです。芝居おりんはできないかもしれないけど、おりんは今も私の中で脈々と息づいて心をかきたてています。今年12月、ひとり語りでおりんを演じます。
先生は本当にやさしい方だったのです。
皆さま、ぜひおりんに会いに来てください。


2006年10月27日
お茶処・静岡の牧之原へ「おりんひとり語り」を持って、出前芝居に行ってきた。ずうっと車で送り迎えをしてくださった養勝寺・久翁寺のご住職・小松さん、牧之原へお世話くださった樋口さん、坂部を愛する会の会長・良知さん、いろいろご準備くださった事務局長でJA経済連の寺田さん、水出しのお茶を入れてくださった農協の専務・板倉さん、皆さんいい方ばかりだった。石雲院という有名なお寺の本堂で公演させていただいた。下見に行った公演前日の10月13日は、地元の小学生たちの合宿中で、昔の寺子屋のように本堂で勉強していました。ご住職の植村さん自らが子供たちの食事のお世話をされていました。そのお姿を見たり集団生活を通して、子供たちは多くのことを学んだことでしょう。みんなで焼き芋をして解散と聞き、ちょっぴりうらやましく思ったものです。
公演は翌日の10月14日、三味線バージョンでした。三味線との共演は初めてだったので気を遣いました。稽古は何回もしましたが、当日は一回合わせただけで公演が始まりました。1メートル先に、もうお客様がいらっしゃる。経験がなくちょっとやりにくかったのですが、えぃーと覚悟を決めました。本堂の雰囲気とお三味線がとてもよく合っていました。皆さんとても熱心に聴いてくれて、泣いてくださる方もいました。私も精一杯演って、本堂は満杯で大成功でした。坂部にはきれいなお茶畠が並んでいて、気持ちのきれいな方たちだった。お茶の入れ方も教えてもらいました。今、美味しいお茶をいただきながら書いています。ありがとうございました。

続いて10月21日には、いわき市文化センターでの公演がありました。こちらの音楽はピアノとフルート。三味線とは違う曲を覚え直さなければなりませんでした。作曲・ピアノの尾形さんとは古くからのお友達です。何回も稽古をして、呼吸の合った舞台になりました。フルートの方も素敵でした。風邪をこじらせ咳が出そうで怖かったのですが、途中で咳き込むこともなく無事に終わり、多くのお客様に聴いていただくこともできて大成功でした。
いわき市での公演はいわきソロプチミストさんの主催でしたが、橋渡ししてくださったのは四倉の海嶽寺に嫁いでいらっしゃる花澤惠子さん。長いおつき合いになった惠子さんと「奇跡の人」で共演した日々が懐かしく思い出されます。ヘレン・ケラーを熱演する湯浅恵子さん(当時)の眼には、流れる汗が溢れていました。私はサリバン先生を演じました。あの有名な映画に勝るとも劣らないという劇評をいただいたお芝居でした。私たち二人とも体当たりの迫真に迫る演技をしました。日比谷・芸術座の壁には取り壊されるまで、他の名場面とともに「奇跡の人」の舞台写真も展示されていました。花澤さんのエネルギーは今も変らず、今回舞台に使ったススキや流木、記録用ビデオなどさまざまな手配をしてもらいました。宿泊した新舞子ハイツの窓から大きな太平洋を眺め、関西育ちの花澤さんがすっかりいわきに根をおろしているのもなるほどと、納得いたしました。地元の温かい方々、ソロプチミストの方々、ありがとうございました。

 

                

                     
今年はもう一回「源氏物語」の朗読があり、12月は8.9.10と俳優座で五つの楽器とのコラボレーションで「おりんひとり語り」を語る。横須賀・三島・京都とある。これが済むまで絶対に倒れられない。公園を散歩するたびに大樹の幹に手を触れて、どうぞ樹の精を私に下さいとお祈りする。じっと樹に触れていると樹の精が乗り移るような気がする。私に元気をください・・・。

今日、中村獅童さんの 獅童流「森の石松」を観てきました。ステキな役者さんで、才能溢れています。しかし舞台の演し物はもっと考えた方がいいのではないか、才能が勿体ないと思いました。一つの芝居を創ることは生半可なことではできません。おりんも試行錯誤をくり返して、直して直して、24年たって素晴らしい作品に仕上がりました。ひとり語りも、多分昨年よりよくなったと思う、舞台のよさは、そこにあるのですね。

2006年10月04日
皆さん 今日は!!
10月12日の「源氏物語」の朗読が近づいてきました。
今まで何となく近寄りがたい・・・なんて思っていらっしゃる方も、どうぞ銀座博品館に1時までにいらしてください。軽いおしゃべりと、私にとって七回目になる「六条御息所」を、音楽も一新して、いろいろ工夫して心を込めて読みます。源氏の御息所に対する冷たさが他人事ではなく、心が痛みます。人の心の移り変わりがとても面白く、私がはまってしまったのですから、皆さまもきっと魅了されるでしょう。
昨夜GALAコンサートで、世界的な三人のテナーの歌を聞きました。ヴィンチェツオ・ラ・スコーラ、ジュゼッペ・サバティーニ、ニール・シコフ。「カルナン」「愛の妙薬」「トスカ」など好きな曲ばかりで、ラストの三人で歌うナポリ民謡のメドレーが、とても楽しかった。三人の巧まざるユーモアに、皆さん大喜び!!
10月12日の源氏も、皆さまに大いに楽しんでいただけるよう、仕掛けを考えています。
では博品館で逢いましょう。

2006年09月13日
「蔵のある家」は、満杯!! 大好評のうちに終わりました。
明治、大正、昭和を生きた一人の女、うめ。 平凡だと思っていた心にひそんでいた葛藤が噴出し、若い時からの心の中をさらします。面白い役でした。共演の方々がすばらしく、一柳みるさん、有本欽隆さん、特に西沢利明さんの「徳さ」が、まるで肉親のような温かさで、彼の科白に泣きました。共演の方々が、私が芝居をしっかり受けてくれるので、安心してやれたとおっしゃってくださったのも嬉しかった。日本人のよさも悪さも考えさせられる芝居でした。
9/17はヤクルトホールで夢慧さんのコンサートで松井須磨子を朗読します。
10/12は博品館劇場で、寂聴源氏の「六条の御息所」を読みます。もう七回目です。ご期待ください。
12/8~10は、「有馬稲子による五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」を俳優座劇場で上演します。今年はこれが最後です。
「蔵のある家」は3月から勉強していたので、疲れました。これから体調を整えます。
劇場で逢いましょう。               有馬稲子拝

2006年08月21日
皆さん 今日は!! 二日間にわたって行われた駒大苫小牧と早稲田実業の決勝戦は、日本中を爽快にしてくれました。両方とも勝たせてあげたいと思ったのは私だけではないでしょう。駒大の田中投手もよかった!! 早実の斉藤佑樹投手は、四日間948球を投げ、疲れを見せなかった。その強靭な精神力、落ち着き、ここぞという時に140キロ後半のスピード球、最後まで乱れなかった。18才である彼の、この冷静さはどこから来るのか。「四連投しても投げきれる丈夫な体に生んでくれた両親に感謝している」と言っていたが、日本にもまだこんなすがすがしい若者がいることに感動した。
家に帰れないほどの人気だとか、皆、そっと一寸休ませてあげようではありませんか!! 私は昔から高校野球ファンなのです。

「蔵のある家」の初日が近づいてきました。甲子園に負けないよう全員頑張っています。なつかしい昔の日本の良い感じの芝居になるのではないかと感じています。9/5~10 赤坂Vシアター  チケットのことは、090-7630-5564、News Arimaにお電話ください。


2006年07月01日
民藝「エミーズ・ビュー」を観ました。奈良岡さんの科白の多さに目を見張り、脱帽しました。偉い方です。

今年、私の源氏の朗読は、10月12日(木)に博品館劇場であります。
また12月8.9.10日には、俳優座劇場にて「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」の再演がありますので、お見逃しなく。何度読んでも原作・水上さんの良さに泣けてしまいます。これをいただけたことは、俳優として最高の幸せです。

         
2006.6代々木 

2006年06月13日
「昨日の記憶」---渡辺謙さんの企画・主演--- を観ました。若いのにアルツハイマーになった人の話しです。人ごとではなく観ました。
今度9月に上演する「蔵のある家」のうめ(役名)もアルツハイマーになるので、今研究中です。怖いですね。そうなったらどうしようと思うとともに、今日一日、明日一日を精一杯生きるしかないと思います。

永井愛さんの「柔らかい服」---吉田栄作主演---とても面白かった。永井愛さんは、今一番考えてる素敵な作家です。

6月18日 NHK教育テレビ「N響アワー」に出ます。観てください。


2006年5月15日

今日は!! 
9/5より赤坂Vシアターで上演される「蔵のある家」のため飛騨の高山へ行ってきた。平野稔さんがご自分のお母さまのことを書かれた主代戯曲で、高山の蔵のある大きな農家を訪ねていろいろ見学してきた。実際に牛と一緒の家もあって、もー列に歓迎してもらった。
飛騨は今、梅・桃・桜・しだれ桜・芝桜・水仙・すおう・チューリップ・黄れんげ・木蓮・藤・鈴蘭・海棠・つつじ・こぶし・ぼたん・石楠花・雪柳  あらゆる花が一斉に咲いて美しかった。
乗鞍・西穂高の見えるロープウェイで山の近くまで行った。若い頃登って泊まった西穂高小屋が見え懐かしく、歳月の長さを想った。若かった!!あの怖いもの知らずの勇気は今はない!! 年を重ねることは良いことなのだろうか・・・。


2006年05月06日
今日は!! 
NHKラジオ第二放送「朗読」の時間で「伊藤野枝著作集」が始まりました。5/8~24日(除く、土日)まで13回にわたって放送されます。
・・本当に熱心に生硬な野枝さんの文章と取り組んでいただきまして、彼女の一所懸命な生き方・まっとうな考え方に八十年後の陽の目を見させて下さいましたこと、心よりお礼申し上げます・・と、ご担当の方より大変嬉しいFAXをいただきました。
皆さまもお時間ありましたら、ぜひ聴いてみてください。

5/3に森下洋子さんの「GISELLE}を拝見、素晴らしい洋子さんのジゼルに感動しました。50年も同じ道をしっかり歩んでいらした彼女!! 珠玉のような美しい誠実なジゼルそのものでした。脱帽しました!! 私も、秋の「蔵のある家」に向けて全力を注ぎこみます。

5月15,22日の夜8時から8時半、文化放送「星がりません勝つまでは」に出ています。こちらも聴いてみてください。

では、又。


2006年03月28日
皆さん 今日は!! ごぶさたしてごめんなさい。
5月8日よりNHK第二放送で午後3時45分より10回ばかり「伊藤野枝著作集」を朗読いたします。
昔、寂聴先生の「美は乱調にあり」という小説を読んで伊藤野枝の大ファンになり舞台化しようとしたのですが、実りませんでした。今回、野枝のエッセイを読むことになって、改めて彼女の素晴らしさに感動しています。
夫・大杉栄と憲兵隊に惨殺された野枝。
彼女の真摯な人生に対する生き方は、今こそみんなで読み直してみる価値があると思われます。しかし昔の言葉なのでとても難しく、汗をかきかき勉強しました。

NHKFMラジオ 4月22日放送「スクランブル」に好きな歌とおしゃべりで出ます。楽しい音楽番組です。
朝日放送 ラジオドラマ「星がりません 勝つまでは」
4月28日は「徹子の部屋」に出ます。

しばらく間があきましたが、遊んでいたわけではありません。野枝について、青鞜社を始めた平塚雷鳥や神近市子、あの頃の目覚めた新しい女達について調べたりしているうちに時がたちました。
今年、芝居は9月5~10日「蔵のある家」がシアターV赤坂にて、「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」が12月8~10日に俳優座劇場で上演されます。二つとも素晴らしい作品なのでご期待ください。
では、また。


2006年02月09日
皆さん 今日は!!
2月5日にあっちの方に行ったので、ついでに「海ほたる」へ足を延ばしました。東京湾の真ん中にあって360度見渡せて晴れていたので富士山まで見えました。房総半島も間近かに見え、もう一度夕暮れに行ってみたいと思いました。

映画を2本見ました。「Pride & Prejudice」-偏見-と「Proof of My Life」
プライド・・・は、なんと私の大好きなジューン・オースティン原作でした。英国の田園風景、その中で父、母、姉妹達、求愛する男たち、封建的な礼節の中でも、人の心のひだが細やかに描かれていて、とても面白かった!!
「Proof of My Life」は天才的な数学者の親娘の話で、父をアンソニー・ホプキンス、その血を濃く受け継いでいる娘をグゥィネス・パルトロワがリアルに演じていて圧巻でした。こんなものが映画になるとは!!

森光子さんの文化勲章のパーティで久しぶりに松山政路さんや佐野浅夫さんに逢えてうれしかった!! 野茂投手もいらしていたので、私、図々しく「私、ファンです。尊敬しています。がんばってください」と言いますと、彼、キョトンとしていました。

先の話ですが、12月8,9、10日に六本木の俳優座劇場で「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」を上演いたします。詳細は近付きましたらお知らせいたします。
「徹子の部屋」「世界仰天ニュース」NTVに出ています。
2月11日 住友ビル地下1F 「平和紀念フォーラム」 戦争体験の労苦を語り継ぐ会 に出ています。


2006年01月01日
皆さん あけましておめでとうございます。
5時半起きで初日の出を見に白浜へ行ってきました。雲厚く、ダメでした。犬を連れた人が多いのも戌年だからでしょう。2006年も始まりました。どんな年になるのでしょう。自分で道を拓かなきゃならないでしょう。
いい舞台をやるためには体調をよくしなければなりません。暮れに京都の手作り野菜をいただいたので手羽先と大根の煮込みをつくったり、高松の「卵をじ」の味噌漬け、ごまめなど美味しいものをいただき、幸せでした。
昨年は恐ろしい事件が次々に起き、特急稲穂の事故や雪の災害も多く、痛ましいことでした。昔と違って人の心が荒んでいます。平和なはずなのになぜでしょう。自分のことしか考えない人が増えています。みんな人間は弱いのです。一日に一つでも良いことを心がけましょう。頭を鍛えて春を待ちましょう。    
                     2006年元旦 下田にて



2005年11月28日
11月26日 京都のホテルで故・水上勉先生を偲ぶ会があり、行ってきました。
ご親族やゆかりの方々がご参会なさいました。瀬戸内寂聴先生もみえて、水上先生と文士劇で恋人同士に扮して芝居をなさったことがあり、稽古しよう、稽古しようとおっしゃるわりに本番では科白をみんな忘れてしまわれメチャクチャになったとおっしゃってました。また、評論家の小林秀雄さん、文豪の谷崎潤一郎さんが水上先生のことを才能の山と褒めていらしたことなどを面白おかしく披露されました。
私も「おりんひとり語り」を10分間語りました。昨年福井の初演の10日前に水上先生が亡くなったので、図らずもそれが追悼公演になってしまいました。今年もあちこちで一周忌の公演を終えたばかりです。私の語りが終わるやいなや寂聴先生が飛んできてくださって、「有馬さんとてもよかったよ」と手を握りしめてくださって驚きました。うれしかった!!
秋の京都は紅葉があまり冴えていませんでした。でも京都のお友達は良い方ばかりで愉しい時間を持ちました。

12月3日は木曽福島にスピーチに参ります。皆さんも今年の終わりを充分に活躍して良い年にしましょう。

2005年11月3日
皆さん 今日は!!
10/19 根室へ行ってきました。北方領土に関連する朗読会です。
昔、択捉、国後など北方四島に住んでいらした方々の望郷の想いを集めたものです。あの四島は海の幸の豊かな、花々が乱れ咲く美しい楽園だったそうです。
昭和20年8月28日、突然ソ連軍に占領され日本人は追われて、そのまま今に至っています。
今年プーチンが来日します。どうなるんでしょう。

東京公演が6日間しかなかった「おりんひとり語り」はチケットが売り切れでご覧になれなかった方もいらっしゃいました。その方々のために、来年東京で公演をというお話しがあります。私もうれしい!! 詳細は、ちょっとお待ちください。

今、「青鞜」の平塚らいてう、伊藤野枝のことなどを勉強しています。昔、野枝をやりたくてある作家に頼んだのですが実現せず、私の見果てぬ夢なのです。
大杉栄と憲兵に惨殺された野枝ですが、だんだん日本があの理不尽な時代に戻っていくような気がします。日本は大丈夫でしょうか。

11月からNHK BSで私の昔の映画を続けてやってくれています。幼い私を見て笑ってください。

九州や三島でスピーチがあります。次々と勉強しなければならないことがあります。
秋は本を読みましょう!! ではまた・・・・・

2005年10月3日
皆さん やっと秋になりました。

10月25日「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」下田千穐楽はお客様もいっぱいで、生演奏とのcollaborationを新鮮に聴いてくださいました。
三越も横浜も長野も温かいお客様でした。
耳で聴く朗読ではなく心で細胞で味わう語りで感動したと仰っていただいて、とても嬉しかったです。
公演中は数々の温かいお心遣いをありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

10月12日 NHK「ためしてガッテン」に出ています。
10月19日は根室の市民文化会館で「四島を追われて」を朗読いたします。これは故郷が北方領土にある方々のお話しを舞台化したものです。

「語り おりん」を無事終えて、今ホッと一息ついています。
皆さまもお元気で。またお目にかかりましょう。


2005年9月15日
皆さま!!
三越劇場での「有馬稲子と五つの楽器による語り はなれ瞽女おりん」は満杯で補助席が出るほどでした。ありがとうございました!! 
皆さんから感想が来ていますのでご紹介します。

・・・お芝居がより深くなっていた。音楽も、おりんの心が伝わる音楽だった・・・(Tさん)

・・・有馬さんが、長年の努力の積みかさねで過不足なくくっきりと見事に一人の女とそれを取り囲む世界を演じきった・・・(Sさん)

・・・なんといってもおりんは有馬さんの血であり肉でありほとばしる言葉は聞き手の五感を揺るがします。耳で聞く朗読でなく細胞で心で味わう朗読でした・・・(Kさん)

・・・情景が浮かんできて素晴らしい舞台でした。演技力・演出・音楽の効果が実った舞台でした・・・(Mさん)

暗記してアクションを考えるのは大変でしたが楽しい仕事でした。
あと長野、横浜、下田とあります。東京の方は横浜が近いです。

この「語り はなれ瞽女おりん」はこれからも続けていきたいと願っています。皆さまも応援してください。舞台を観にいらしてくださいね。

週刊新潮「掲示板」記事(内容→舞台で口ずさむのに適した唄をご存知ないですか)へのお返事をくださった方々、いろいろな唄を教えていただいてありがとうございました。

2005年8月24日
「ヒトラー 最後の12日間」という映画を観ました。ドイツが敗れるまでの地下の軍司令部周辺を描いたものです。ヒトラーとエヴァ・ブラウンの自決。敗北と死を前にした気弱い老人のヒトラーがいる。ソ連の絶え間ない空爆。逃げ惑う市民。行方をくらます将軍達。自分の子供を薬殺するゲッペル、妻。すぐ二人とも後追い・・・ 政治家がミス・リードすると国はどうなるか!? 日本の政治家にも若い人たちにもぜひ観てほしい映画だ。
いよいよ9月6日の「おりん ひとり語り」の初日が近づいてきた。ちょうど水上先生の一周忌である。1980年から芝居の「はなれ瞽女おりん」を演じてきた私に、先生がご褒美として書いてくださった「ひとり語り おりん」 今回は五つの楽器が競演してくださる。
ヒトラーを演じたブルーノ・ガンツを始め素晴らしい役者たちは、この映画に出たことを生涯の誇りとするだろう。おりんもまた、私の生涯で最も大事な最愛の宝物のような役で、これをやり通すことが私の生きる証しなので、皆さん観にいらしてください。

2005年7月7日
暑くなりました、お元気ですか?
ところによっては恵みの雨。被災地ではまた被害が増大する恨みの雨。世界中、洪水、山火事、旱魃などなど、地球はどうなっていくのでしょう? 心配でなりません。

阿佐ヶ谷のラピュタという小さな映画館で8月末まで、朝10時半より有馬稲子シリーズということでいろいろな作品・・・「白い魔魚」「夜の鼓」「わが愛」など・・・を週代わりで一日一回だけやっています。私も「川のある下町の話」の初日に行きましたが、満員で嬉しかった!! 
若い有馬さん、すごくいい感じでした。

いよいよ9月6日より6日間、日本橋三越劇場で、水上勉作・鈴木完一郎演出の「有馬稲子と五つの楽器による語り「はなれ瞽女おりん」が上演されます。あと横浜と長野と下田で上演されます。素晴らしい作品ですので、ぜひご覧ください。生演奏との共演で昨年大成功したものです。和田薫さんの曲は、その演奏とともに心を揺さぶられます。生前、水上先生が私のために書き下されたものです。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、マリンバが、おりんの喜び、悲しみを一層響かせてくれます。
短い日数なのでお切符のご用命はお早めになさってください(お知らせのページをご参照ください)。私も初日に向かって暑さを吹っ飛ばして勉強いたしましょう。

2005年6月11日
皆さん 今日は!!

5/28博品館で読んだ「源氏物語」の藤壺は超満員のお客様で、ばっちり大成功でした。スタッフも一番よかったと言ってくれました。きっとガラガラだろうと予想していたので嬉しかった!! 朗読の面白さがお客様にも私自身にもしっかりと認識できたことが最高に幸せなことでした。ありがとうございました。
先日、イギリスの名女優ジュディ・デンチとマギー・スミスの「ラヴェンダーの咲く庭で」という映画を見ました。ジュディは古いお友達で映画「アイリス」を見た後すぐロンドンに飛んで、マギーと二人でやっていた「The bleth of life」という芝居を観ました。二人だけの芝居なのに切符が取れなくて大変でした。その二人が映画でも共演しているのです。老いたジュディが小娘のように青年に恋します。その一途さが滑稽なほど可愛く不憫で、その妹をはらはらと見ている姉のマギーもまたさすがでした。こうした年老いた人の映画やテレビがなぜ日本にはないのでしょう。若者に迎合した作品ばかりで、真面目に芸に励んできた者にとっては淋しいかぎりです。ダニエル・ブリュールが独奏できるほどヴァイオリンを練習したそうですが、音はジョシュア・ベレという名手のものです。美しく激しく胸を揺さぶられました。とてもよい映画でした。
昨日は熊川哲也さんのKバレー団の「白鳥の湖」を拝見。バレー団を率いて演出も出演もしている熊川さんの才能に改めて驚きました。しかしまだ若いのでダンサーとしての彼をもっともっと見たいと思いました。「白鳥の湖」は今までに8回くらい見ていますが、セットも衣裳も彼の意見を入れて素晴らしく、一晩の贅沢なエンターテイメントでした。しかし同じ舞台に立つ者として熊川さんが本来の仕事以外のことにわずらわされてはいないかなど心配もあります。しかし彼は私の杞憂を吹き飛ばして、いきいきとやってくれるでしょう。今年の光源氏のイメージは熊川さんのイメージだと朗読の前に観客の皆さんにお伝えしました。藤壺の光源氏はまだ16、7才だったのです。

2005年5月26日
皆さん 今日は!!

いよいよ明日博品館劇場で「藤壺」を読みます。明28日、新橋駅近くの銀座通りにある博品館劇場に3時までにいらしてください。
面白いですよ。
今月16日から「はぐれ刑事」のロケで根室に行ってきました。大好きな吉川一義監督作品です。6月末に放映されます。雨あり突風ありの大変な撮影でした。ご期待ください。
では、明日博品館にて。

2005年4月
皆さん お久しぶり!! お元気ですか。

膝の手術のため、3月末まで一ヶ月ほど入院していました。手術は無事に済みました。昔のようになるのには半年かかるそうで、これからリハビリが大変です。痛いのですが、毎日頑張っています。
入院中、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読み、大変感動しました。若い人にぜひ読んでいただきたいものです。日本人というものを、もう一度しっかり見直すのに絶好の本だと思いました。
あとは5月28日に博品館で読む「源氏物語」の藤壺の巻を勉強していました。前に朗読した六条の御息所とはまた違った面白さです。ゲストには、前回と同じく高橋文二先生に来ていただいて、あの頃の男女のやりとりなどをお話しして、朗読しようと思っています。
NHK朝ドラの「あすか」がBSで再放送されてます。和菓子の美しさを見直してください。浅見光彦シリーズ「崇徳伝説殺人事件」では、新聞二紙に私の演技をほめられてびっくりしています9月の三越劇場での「おりん」の朗読に向けて稽古を始めました。これは芝居の「おりん」とはまた違った感動があると確信しています。
高校野球が大好きなので、稽古の合間に時々テレビで観戦しています。いつ見ても甲子園球児たちは清々しく、凛々しく、頼もしい!! そう、今度の「藤壺」の源氏は今の高校生くらいなのかな、ちょっと上か、など思いながら稽古しています。
では、又。


2005年2月   2004年12月 12話連載 東京新聞「わが街わが友」より

東京新聞「わが街わが友」 

1 釜山

 4歳の時、叔母夫婦に貰われて、韓国の釜山に渡った。
 新調の着物を着せられて祖母に付き添われ、関釜連絡線に乗った。船は揺れに揺れて長い袂におもらししてしまったことを覚えている。
 何も知らず叔母夫婦をパパ、ママと呼んでいた。家は釜山中心地にある頭山(りゅうとうさん)神社真下の辮天町だった。二階から山にも登れて海も近かった。
 ママは藤間流の踊りの師匠で、隣りが長唄の杵屋さん、その隣りが琴の師匠。昼過ぎになると三味線、琴、口三味線の稽古の声が入り乱れて賑やかだった。同い年の子達が習いに来ていて、すぐ仲良くなった。
 皆お芝居ごっこが大好きで、歌舞伎の役を割り当て、うちの舞台でやっていた。皆ええとこのお嬢さんだった。
 お正月は晴れ着で龍頭山にお参りし、ハイヤーを連ねてとうらい温泉行き、ご馳走を食べるのが習わしだった。しかし戦争が激しくなってパパも亡くなり、生活は急転した。ママの月謝だけが頼りだった。
 敗戦後、旧京城(ソウル)の親類に預けられたが、満州(中国東北部)の軍隊慰問に行っていた母が京城までたどり着いたので二人で釜山に戻り、引き揚げの準備をした。苦労してチャーターした船は出港許可が下りず、ついに明日没収と決まった。密航するしかなかった。
 命がけの脱出だった。密航を摘発するアメリカと韓国の監視船がすぐ傍にいたが、船長は思い切ってエンジンをかけた。何故撃たれなかったのかいまだにわからない。ポンポン蒸気の音は海に響き渡った。今撃たれるか、今撃たれるか・・・。気味の悪い恐ろしい瞬間の連続。一時間もして「もう大丈夫です」という船長の声にほっと息を着いた。
 あの踊りの仲間の子も恐ろしい思いをして引き揚げてきた。今や立派なお師匠さん達だ。

2 天王寺
 引き揚げ船の中で知り合った小倉の人の家に身を寄せた後、やっと大阪の叔父と連絡がとれ、天王寺北山に落ち着いた。近くの夕陽丘高女に転校できたのは三学期からだった。終戦のどさくさで勉強してないので成績がどーんと落ち、すっかり勉強がイヤになった。
 友達が「宝塚受けない?」と言った。韓国育ちなので見たことはないが、面白そうだと思った。その噂が学校中に広まって、パスしなきゃみっともないという気持ちに追い込まれた。宝塚音楽学校へは伊丹の親戚の家から通った。学校の行き帰りの電車の関学の男子生徒がいっぱい乗っていて青春の匂いがしてイヤだった。
 一年で学校を卒業し、歌劇団に入って初舞台を踏んだ。走ってそのまま電車に乗れた、素朴な宝塚南口駅。武庫川の橋を渡った学校の入り口にはお好み焼き屋だった。北口からは花の道という一段高くなった桜並木があった。下級生は上級生にお辞儀するため頭を下げっぱなしにして歩かねばならなかった。
 初舞台は「黄金のりんど」と「南の哀愁」だった。初めての科白せりふは「私は水の精ですよ」の一言。でも後年「アニー・ウォブラー」(1985年)というひとり芝居で三役を二時間にわたって喋りまくった。少しは成長していた。

 当時の宝塚は花園だった。誰に役がつこうが妬くことも羨むこともなく、ピーチクパーチクって、歌って、踊って、汗かいて、頭を使うことはなかった。しかし男も女もみな生徒、つまり男性の役を男がやらないことに不自然さを感じ出した。ちょうど話しが来たので映画に移った。
 花園から出て映画に入るなり、現実の冷たい風にされた。目が覚めた。少しの甘えも通用しない。新聞の厳しい批評、一挙手一投足、あれこれ批判された。これが生きるということだとわかった。

3 京都①
 2004年、秋の京都。東福寺の紅葉は始まったばかりで、ときいろに染まったもみじが、緑のままのと重なり合って、身を投げたほどの美しさだった。雨の京都は心に沁みる。
 ここに私は6年ばかり住んでいた。結婚して。舅から贈られた九〇〇坪の土地に一五〇坪の新居を建てた。プールと体育館もあった。一年かかった。私は毎日大工さんにおやつを運んだ。一流の設計、一流の施工会社。南の庭に日本一のバラ博士に頼んでバラの樹を十本、両サイドに七十種類の色んなバラを植えてもらった。
 何しろ賑やかな家で、主は撮影が終わるとお気に入りのスタッフを連れて御帰館。酒盛りが始まる。男衆やお手伝いを入れると総勢二十数人の晩御飯。酒宴は深夜に及んで、朝七時には朝食をとって仕事に出て行く。私は台所に立ちっ放しだった。お昼に撮影所にお弁当を届け、広い家の掃除。そして夕食の支度。女優業はお預けだった。
 私の一番の仲良しはアグニーと私が名付けたボクサー犬だった。生まれたてにもらって、最初はあちこちにおしっこをするので困ったが、頭の良い犬で、躾けるとすぐいい子になった。可愛くて、磨き立てた大理石の床に足跡をつけても怒れなかった。ある日、あるじがひどい風邪をひき、早く治そうと二階の日本間に閉じ込めた。大きな火鉢ににんにくを焚きしめ、にんにくの匂いの壁ができていた。
 アグニーがいなくなった。大騒ぎになった。手分けして探したがどこにもいない。心配でいたたまれなかった。二日経ち、三日経ち、あるじが仕事に出かけた日、撮影所の彼の控室の前によれよれになったアグニーが坐っていた。彼は主(ルビ=あるじ)を探して食事もとらず、主あるじの行きそうな所を三日も走り回って探していたのだ。アグニーを抱きしめた。アグニーも泣いていた。

4 京都②
 その後いろいろあって、あの広大な家を築二年もしないうちに手放さなければならなくなった。私の大好きなスタンダードのバラ、小指の先くらいの初蕾を二つほどつけたところでさよならすることになった。芝生も隙間だらけでよくついていなかった。あんなにバラを待っていたのに・・。プールで一度も泳がないうちに人手に渡ってしまったのだ。私達は東京に居を移した。その上彼と別れることになった。彼は良い人だった。理由は云うまい。
 離婚して民藝に入って演技の基礎からやり直すことにした。三年経って京都公演の折、私はあのバラに一目逢いたくなって、鳴滝の家を訪ねた。ベルを押して頼んでみると、ご主人に聞いて下さって「お庭だけならどうぞ」と、庭木戸を開けて下さった。私は庭に入るなり呆然と立ち尽くした。あのスタンダードのバラが十本、しだれ桜のように枝を拡げ、ピンクの花房は愛らしくたわわにふくらんで、息も止まるほどの美しさだった。
 芝生もピロードの絨毯のように輝いていた。これほどまでに手をかけてくださった持主に感謝して踵を返した時、体育館の戸が開いているのに気付いた。吸い寄せられるように近付くと、昔私達が遊んだバスケットボールがぽつんと一つ、古びた顔をしてなつかしそうに私を見上げていた。
  年々歳々花相似たり
  歳々年々人同じからず

 私は失ったものの大きさを感じた。人生とは愛しいものを一つ一つ失っていくことだと誰かが云っていた。夫婦でよく行った『ぽうる』のおいちゃんもおばちゃんもいない。『松鮨』の親父もいない。私も失った。家もバラも友も、愛しい人も、そして若さも。

5 京都③
 京都には書ききれないほどの思い出がある。民藝のたまり場だったおでん屋の「芳子」はん。京美人で、その京言葉にハマらない人はいない。
  小西のかずちゃんは、映画「夜の鼓」で今井正監督にこてんぱんに絞られて「待って事件」をい起した一部始終を見ている。監督の気に入らなくて「待って、待って・・」と一日云わされ、次の日も「待って、待って」で日が暮れて、遂に一週間、六百回やらされてもキャメラは回らなかった。申し訳なくて飛び降りようかと思ったほどだった。そこがやっとパスしたら、今度は夫役の三国連太郎さんに殴られる羽目になった。夫の留守中に不倫の噂が立っていて、江戸詰めから帰国した夫が妻を問いただす。姦通は死罪の時代だから妻も必死に否定する。攻められ続けて遂に認めてしまう。夫は逆上して妻を殴る。三国さんはテストの時から本当に殴るのだ。私が「連ちゃん、テストはなぐらないで」と云うと、「ごめん、ごめん気をつける」と云うけど、またカーッとして殴ってくる。十回以上殴られたので本番の時は顔が腫れて二時間も氷で顔を冷やした。散々な目にあったこの映画も、文豪谷崎潤一郎先生から「有馬さんのお種はとてもよかった」とお褒めのお手紙をいただいて胸を撫でおろした。
  かずちゃんの妹のみっちゃんに双子の娘が生まれた時、私が名付け親になった。体が弱かった二人も今は健康ではちきれんばかりだ。この間妹の多津子さんの結婚式で京都へ行った。その帰り鳴滝の家へ寄ってみた。持主が変り、「芦屋山手クラブ」という看板がでていて結婚式場になっていた。そして何より驚いたのは完全な日本庭園に変貌していたことだ。桜と紅葉が繁って、私のスタンダードのバラは一本も、影も形もなかった。

6 田園調布①
 宝塚から映画に入ったため東京に出て来てあちこちして、田園調布に落着いた。
  春は桜並木が美しく、秋には銀杏並木が黄金色のトンネルになって雨のように激しく葉を降らせた。駅は蔦のからまった石造りで、パリを思わせる放射線状の家並みには一年中どこかに花が咲いていた。線路沿いに坂を上ると田園コロシアムが下に見えて葉の隙間からテニスの試合が見えた。今は亡き佐田啓二さんが近くに家を建てて、小津監督がよく遊びにみえていた。私は映画時代、ここから大船に通った。朝五時に起きて車に飛び乗って。
  小津作品には「東京暮色」と「彼岸花」に出演した。小津組のセットは他とは全く違っていて禅の道場のようだった。空気が違った。小津さんがキャメラを覗きすべての位置を決める。「・・4センチ鎌倉、5センチ大船・・」がくり返される。キャメラの前に役者が座ってからもコップの位置が「3センチ鎌倉、2センチ大船」と指示される。私は最後までどっちがどっちかわからなかった。原節子さんがただ振り返るだけで?回もやらされていた。私は緊張で頬が痙攣した。そして科白を云わされる。「行くの?」、短いからなかなか監督の気に入らない。小津さんは大柄で、生き字引と言われ、威圧感があった。しかしセットを出るとすぐ好々爺になられ、「スキヤキ食べない?ネコちゃん、引揚げの話ししてよ」。私の引揚げの密航の話がお好きだった。
  田園調布の駅の傍にはうなぎ屋、醍醐ずし、餃子苑があって、餃子が美味しかったので沢山買ってスタッフに届けたりした。ご主人の長澤さんが芝居好きで、なかなかうるさい批評家なのだ。今も芝居を観に来てくださる。
  久しぶりに昔の家の近くまで行ってみた。芝刈り機の眠たげなモーターの音がしていた。

   芝刈り機の唸る街に住みしこともあり

7 田園調布②
 私は田園調布が好きだ。洋画家の岡鹿之助先生のお住まいにお邪魔して、先生と二人長いこと絵を観ていた。至福の時だった。
 大江健三郎さんがまだ学生だった頃の話である。「ラジオ・スケッチ」という番組でインタビュアとして一日、防衛大を訪ねた。その頃私は防衛大の存在すら知らなかった。
 当時、日本は再軍備への議論が沸騰していた。
 一日中学生をルポし、夕方5時。ラッパが吹奏され、校庭に翻っていた日の丸がするすると降ろされた。学生も教官も一斉に立止まって敬礼をした。あっ?これはどこかで見た光景だ。そう・・あれは小学校の頃、韓国の鎭海海軍基地。母と踊り仲間で慰問に行った時、夕方ラッパが鳴って日の丸と海軍旗が降ろされ、海軍さん達が一斉に敬礼していた。あの時と、ネガとポジを合わせたようにぴったり符合したのだ。私は「この目元の涼しい、吸取り紙のような若者達が心の中まで画一的になるんじゃないかと心配だ」と番組を締めくくった。しかし翌日の新聞に、有馬稲子が一日で防衛大のファンになったという記事が出て、これに東大仏文の学生作家が噛み付いてコラムを書いた。「一日見ただけで何がわかるか。社会に影響を及ぼす人が軍国主義を賛美するとは」と。私はそれを聞いて、番組を聞きもしないでひどい」と思い、テープを聞いてくれるよう頼み、大江さんと田園調布駅前の喫茶店「ジャーマン・ベーカリー」で会うことにした。
  彼は現れなかった。二時間も待って帰ろうとした時電話がきた。彼は調布のパン屋「ドイツ屋」にいた。あまり私が来ないので女学生に聞いたら「有馬さんなら田園調布じゃないんですか」と云われた。彼曰く、有馬さんならドイツ屋をジャーマン・ベーカリーと気取って云いかねない、と。彼はテープを聞いて、勿論コラムを書き直してくださった。私は若い頃、そういう人だと思われていた。

8 田園調布③
 話は飛ぶが、錦之助さんと離婚した私は母のいる田園調布に戻った。舞台「浪花の恋の物語」がヒットして舞台女優の道が拓けた。「奇跡の人」「風と共に去りぬ」「鶴の港」「雨」、沢山良い仕事をした。
  中でも忘れたれないのは「はなれ瞽女おりん」だ。夫が倒産して5年経ち、私は働きづめに働いて疲れ果て、離婚話が2年ももつれていた。修羅場の最中におりんの話がきた。瞽女さんだから盲目にならなければならない。四曲、三味線の弾き語りがある。初日迄四ヶ月しかない。とにかく三味線を始めた。部屋を暗くして盲目の感じをつかもうとしたが、そんな簡単なものではない。ただでさえ掴めない三味線の勘所は暗くするとなおわからない。離婚話も三味線も遅々として進まなかった。死にたいと思った。
  しかし、待て待て、代表作一つないんだからこのおりんをやり遂げてからでも遅くないのではないかと思い直した。朝から晩まで八時間も弾いていただろうか。気晴らしに散歩でもと外に出たら隣の方と出くわした。回覧板を差し出された。戦争中ならいざ知らず、こんな平和な時に変だなと思ったが、「ご苦労様」と受取った。「・・この近くで朝から下手な三味線を弾いている人がいる。止めて頂きたい」と書いてあった。蒼くなった。1980年のことである。
 そのおりんは、それから今年2004年まで9回公演して、一回4ヵ月位かかって、今年の二月で684回を打ち上げた。長寿作品になって、私の代表作と云われている。今年の九月八日おりんの作家水上勉さんが亡くなった。たまたま福井で十七日「おりんひとり語り。有馬稲子と五つの楽器による詩劇」を上演していた。計らずも追悼公演になったのである。

9 代々木① 代々木のうちの初めての客
 代々木八幡のお社の裏に、田園調布を処分してママと二人で移り住んだ。
  仲良しのM夫妻と共通の友人・宮川夫妻とその子供達が遊びに来た。総勢十数人。私は前年のクリスマスにイタリアはトリノの宮川家に招待された。私の敬愛するお二人は日本にも沢山のファンがいる。学生時代宮川さんはオートバイで世界一周しているうちにローマでマリーザと恋に落ち、難関を突破して結婚し、四人の子供をもうけ、その上、親に恵まれない三人の子供を養子にし、一人の里子を貰って、国籍の違う八人の子供を育て上げた。世界中からそうした子供を集めて地球家族を作るのがマリーザの夢だ。
  宮川さんは車のデザイナーの仕事で成功し、同じ志を持つ三家族とブリッケラに農園を買い、皆でぶどうやオリーブ畠を持って、今は立派なワインを生産している。同時に二人は不登校や引きこもりの子供を馬やあひるや鶏達と、太陽と翠の中で生活させ更生させている。それは口で言うほどやさしいことではない。思春期になってから来た子供はなかなか心を開かない。罪人を母に持つ子もいる。麻薬中毒者もいる。二人は根気よく面倒をみている。自分の子供達には厳しい。みんな掃除や洗濯や皿洗いなど分担して母を助けている。
  休日、父の運転する車で皆でドライブした。マリーザは夫の肩にもたれている。トスカーナの田舎道を走りながら子供達の合唱が始まる。それは「おぼろ月夜」や「七つの子」や「ふるさと」。みんな宮川さんが教えた日本の童謡だ。国籍を越え、目の色も違う子供が何のわだかまりもなく日本語で歌っている。私は泪が止まらなかった。お二人は何と素晴らしい生き方をなさったのだろう?
 しかしマリーザは昨年の暮れ、急に亡くなった。子供達に「愛を爆発させなさい」と、メッセージを残して・・・。

10 代々木②
 代々木だけでも3回越して、今は二間の住居である。渋谷にも新宿にも25分で行ける。新宿のジムも役者には必要な鍛錬場だ。ジムへの行き帰りに通る参宮橋の近くに「昇龍」という美味しい餃子屋があって、おかみさんを私はお母さんと呼んでいる。ご飯のない時はお世話になっている。
  1991年イギリスで催された「ジャパン・フェスティバル‘91」に能や歌舞伎や相撲と一緒に「はなれ瞽女おりん」が選ばれた。嬉しかったけど、問題は費用だ。役者・スタッフ45人の旅費、滞在費、大道具、照明、衣裳、三味線の運送費で一億近くかかるという。私は一年前から資金集めに歩いた。生まれて初めて、知らない会社の社長さんに手紙を書いた。真夏の盛りに一日10社回って説明し援助をお願いした。小島さんは、会社設立二十周年で記念に何か文化的なことに寄付したいと考えていらした。たまたま同じマンションなのでおりんのことを知り、いろいろ助けてくださった。穏やかな知的な方だ。
 お蔭でかなりの資金が集まり、イギリスへ行き大成功を収めることができた。ロンドンの16の新聞が褒めてくれた。公演はニュー・カッスルから始まった。二日目皇太子様だ観にいらした。この催しの総裁なのだ。ロイヤル・ボックスから乗り出して観ていらした。終演後、舞台の私達の所へ降りていらした。失礼だけど、とてもナイーブでチャーミングな方で、「良いお芝居でした。とてもよかった」と仰ってくださった。
   ロンドンの初日にはジョーン・プローライトとジュディ・デンチが来てくれた。二人ともイギリスを代表する名女優だ。デンチは「よかったよ。泣いたよ」と、目を赤くして私を抱いてくれた。
 小島さんは今も応援してくださっている。

11 代々木③ パスポート事件

 宮川さんの親友M夫妻にも私は頭が上がらない。Mさんは建築家で奥さんは名コックだ。代々木の家のパーティにはよく手料理を運んでくださる。
  クリスマス・イブにMさんご夫妻とトリノに招かれた時、マリーザの兄の家に招待された。子供を入れて六十人くらい。深夜、牧師が来て食堂でミサが始まった。月明かりの雪の中で。忘れられない経験だった。
   正月、私は一人帰国しなければならなかった。日曜日だったので宮川さんは教会。Mさんがタクシーでミラノ空港まで送ってくださった。私は搭乗手続きをして荷物を預け、Mさんにさよならを云って通関に向かった。検査官がパスポートを見て「ノオ?」と云う。耳を疑った。何度も出入国したが、ノオと云われたことはない。彼は旅券を見せた。男の写真だ。私は飛び上げって化粧鞄を放り出し、「一寸待ってください?」 日本語しか出てこない。Mさんはもうどこにもいない。折りよく商社マンらしき人を見つけて「私、パスポート間違えたんです。あの荷物を止めて下さい」と叫んだ。荷物はベルトに乗ってはるか彼方だ。その人は私の荷物を止めて下さった。私はMさんを探し回った。トイレから口笛を吹きながら出てきた。彼は聞くなり宮川家に電話を入れた。宮川夫妻は教会をやめて、私の旅券を持って車を飛ばしきて下さった。といっても二時間半はかかる。お蔭で私は夕方の飛行機に乗ることができた。
  帰り道、三人は笑い転げたそうな。もし有馬さんが無事通関できたとしても、Mさんは私の旅券で女装して通らねばならない。それを想像して笑いが止まらなかったという。Mさんは心優しきむくつけき大男なのだ。私は宮川夫妻に七宿七飯以上の借りを作ってしまった。それで夏休みに子供たちも来て、一族十二人に大御馳走をした。それくらいではとてもすまないけれど・・・。

12 下田のこと
 伊豆に家を建てたのは釜山のように海と山が近いから。魚がおいしい。空気がおいしい。浜辺のハシゴができる。温泉もいい。大工の松ちゃん、トビの中村さん、土屋さん。皆、優しい人ばかり。鍋田浜には「つぼや」というコーヒー店があって、この親父さんが味のある素敵な人だ。美松ずし、とんかつの暁亭、うなぎの小川屋・・・。
  亡くなった太地喜和子さんもよく遊びに来た。「唐人お吉」をやることになっていたので、お吉のお寺へお参りに行こうと誘ったが、彼女はお酒の方が魅力らしかった。
 或る早朝、下田の友人から電話が来た。喜和子が下田公演の前日、伊東で溺死した・・・と。余りにも突然の、余りにもあっけない死。私は文学座に駆けつけた。もうお棺に入っていて、顔だけがガラス窓から見えた。美しい死顔だと誰かが云った。私はそうは思わなかった。化粧されていたが、あれはまさしく苦悶の顔だった。苦しかったのだ。あっという間に車ごと海に落ちて、海水をがぶがぶ飲んで何が何だかわからないままあの世に行ってしまった。洗面器に顔をつけるのさえイヤで、水道を出しっ放しで顔を洗うほど水の嫌いな彼女が、どうして雨の夜中に海を見に行ったのか!?
最後に下田に来た時、珍しくあまり飲まなかった。「アウト・オン・ナリム」というビデオを熱心に見ていた。あの世のことや幽体離脱の話で、人間の肉体は滅んでも魂は別の肉体に宿って生き続けるという話だ。
 今、喜和子の魂は誰の肉体に宿ったのだろうか。私はうちの庭に咲く縁が薄いピンクの白いバラに「喜和子」と名前をつけた


2005年1月5日
皆さん!! 2005年が始まりました。

元旦は予想外に素晴らしい晴天。
5時起きで白浜へ行き、初日の出を拝みました。少し雲があったけど、オレンジ色に染めて力強く顔を出しました。世界中に戦争がなくなって人々が平和に暮らせますように、今年も健康でいられますようにと祈りました。

二日目は松崎の近くに深層水を汲みに行き、その水でコーヒーを沸かしたりご飯を炊いたりしました。
NHKの新春の討論でも、紛争をなくすにはお互いに相手の文化や伝統をよく理解し、宗教のことを話し合うべきじゃないかと言っていました。宗教の問題はとても難しくてわかりにくいのですが、すべての国が話し合うべき時に来ていると私も思っています。
温暖化の問題を早く何とかしないと地球が破滅することになりかねません。あちこちに起こる災害もその予兆と思われます。恐ろしいことです。

おみくじをは大吉でした。イタリアへもチェコへもトルコへも行きたい。脚を何とかもっとよくしなければなりません。
明日は三味線の師匠が見えます。新しく習った豚の煮込みをご馳走して、厳しいお稽古をごまかしたいと思っていますが、そんなことで容赦する先生ではないのです。

では、又。



2004年12月30日
皆さん、今日は!!
お正月の準備で大忙しのことでしょう。
今年は災害の多い年で、多くの方が被災されて大変なご苦労をなさいました。最後に大津波で止めを刺されたという感じです。8万人もの方々が亡くなったり、行方不明になられ痛ましいことです。人間の勝手な振る舞いに神様が怒ってしまわれたのでしょうか。ここでよく考えてみましょう。

今月26日から、また下田に来ています。28日は一日NTV「素顔が一番」の取材がありました。爪木崎や海辺の道を歩き、山本文郎さん、古市アナと楽しいおしゃべりをしました。1月8日に放映されます。他には、同じ1月にCSで映画「わが愛」が3回放映されます。出演した映画の中でも気に入っている作品です。よろしかったら見て下さいね。
この後は、私もお正月の準備をして新たな年を迎え、来年の三越の舞台のために三味線と体の調整に専念する予定です。

東京新聞の「わが街 わが友」は、あちこちで、読んだよ、面白かったよと言われました。第12話・下田に登場した下田の珈琲店「つぼや」の親父さんは、1.5mもある山芋をくれました。下田の最後に太地喜和子さんの思い出を書きました。今、庭で、喜和子と名付けた、白い、ピンクのふちのバラが風にゆれています。
喜和子が訪ねてくれているのでしょう。

どうぞ良いお正月を・・・。

2004年12月12日
皆さん お元気ですか!!
師走です。二十数年走り続けてきた私の体はあちこち不平が出て、今修理中です。
12月4日、桐朋学園の演劇部の皆さんにお話に行き、未来の役者さんのために経験談を話しました。
「俳優として何が一番大切か」という質問に、私はイギリスの名女優ジュディ・デンチの言葉を伝えました。
「・・・一にエネルギー、それも瞬間的なものでなく、蓄積された、持続するエネルギー。それからよく物を観察すること。しかし観察機械になってはいけない。人間度が強くなければ・・・」と。デンチはたくさん映画に出ています。「恋に落ちたシェイクスピア」「007シリーズ」「ムッソリーニとお茶を」「アイリス」など。「アイリス」は、アイリス・マードックという実在した哲学者であり作家だった人がアルツハイマーになっていく話しで、アイリス役のデンチと介護する夫役の人が素晴らしくよくて泣きました。
2年前のことになりますが、ロンドンの友人に聞くと、今ロンドンでマギー・スミスとデンチが「The Breath of Life」という二人だけの芝居をやっているという。私はすぐロンドンへ飛びました。しかし、デンチにいつものようにバラは贈ったけど楽屋は訪ねなかった。バラのお礼がデンチから来て、待っていたのに・・・と書いてあったが、私は役者の勘で、何となく快調でないような気がしたので訪ねなかったのです。
私も「おりん」を24年間に648回やってきたので脚の半月板がボロボロになって手術したため、今脚が頼りにならないのです。素晴らしい「おりん」役だが、体もすり減ってしまったのです。
今年は9月5日より三越劇場で、ひとり語り「有馬稲子が語る水上勉の世界 語りと五つの楽器のための詩劇」をやります。新しい試みです。
1月8日NTV「素顔が一番」、NHK「あの日、昭和20年の記憶」に出演します。東京新聞「わが街 わが友」、読んでくれていますか。
ではまた。

2004年11月14日
皆さん 今日は!!

一見平和な日本にも、今年は次々と災難が襲いかかっています。
これでもかこれでもかと台風にみまわれ、ゆるんだ地盤の上地震が来て多くの方が被災。
刻一刻、命を賭けた救出にハラハラドキドキ。疲れた顔、目を覆うばかりです。復旧活動の方々も大変です。まだ多くの方がテントや避難所にいらっしゃいます。家へ帰れても、壊れた家の中で余震におびえてなすすべもない有様。もともと日本はいろんなプレートが重なりせめぎあっている地震大国ですから、起こるのが当たり前。ならば予知をもっと早く知る方法を緊急に考えられないのでしょうか。頑張ってください。
アラファトさんが亡くなった。パレスチナとイスラエルの長いいさかいが又激しさを増すことでしょうが、1993年頃オスロ合意で、アメリカのホワイト・ハウスの前で、当時のクリントン大統領がアラファトとイスラエルのラビンの手を握らせた、あの頃が一番よかったのではないだろうか。あのニュースをはっきり覚えています。果てのない戦いに定住もできず、いつ殺されるかわからない中を生きている、そういうのを生きていると云えるだろうか。ブッシュさんもよく考えて、もっと平和に手を差しのべてほしい。

東京新聞のコラム欄「わが街・わが友」の原稿を書きました。12月後半頃に出るでしょう。読んでください。

Big News!! 12月4日、私は桐朋学園の演劇部の学生さんと、学校へ行ってお話しします。篠崎光正さんのインタビューに答えます。私にとっては初めての経験なので、一体どうなるかドキドキです。でもスピーチは結構好きなのです。また報告します。

9月17日福井ハーモニーホールで初演した「有馬稲子が語る水上勉の世界 語りと五つの楽器のための詩劇」は、私が「はなれ瞽女おりん」をひとりで語って、ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、マリンバの生演奏で上演されました。和田薫さんの作曲がすばらしくて、生のよさを満喫できて大評判でした。
これを来年、水上先生の一周忌頃、9月5日~11日に三越劇場で上演することになりました。その後他へも参ります。ご期待ください。

 新潟の仮設住宅が早くできますように・・・


2004年9月28日

皆さん 今日は!!
9月26日の日曜日はいかが過ごされましたか?

私は青山ダイヤモンドホールで、恒例の友の会・・・今年は「朗読とランチの会」・・・をしていました。ついこの間、福井で演じた「はなれ瞽女おりん」ひとり語りを、その時の音楽も流して、前半を語りました。皆さんよく聴いてくださって、泪を浮かべていらっしゃいました。


  皆さんがランチを召し上がっている間、テーブルを回って歓談した   り写真を撮ったりしました。中には、ホームページを見て福井まで   来てくださった方もいらっしゃいました。

  私の歌の後、夢慧さん・河合美智子さんと陽水の「少年時代」を歌   ったり、コーラスをしたりしました。夢慧さんは、とても温かい声   の持ち主です。

  皆さんと写真を撮って、再会を期しました。
  この次はいらしてくださいね。


  

2004年9月18日

昨17日、ハーモニーホールふくいで   
有馬稲子が語る水上勉の世界
語りと五つの楽器のための詩劇

はなれ瞽女おりん
詩劇「はなれ瞽女おりん」の初演の幕が開きました。大成功でした!! 
今までおりんの芝居は684回演じ、全国を廻り、1991年にはイギリスまで行って務めてきましたが、ひとりで語るのは初めて。しかもピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、マリンバと共演したのです。演奏者も素晴らしい方々で、ソリストとして活躍している方々なのです。
ピアノを弾いてくださった和田薫さんが作曲なさったのですが、これが素晴らしい曲で胸打たれました。おりんが心ならずも兄さまと別れて日本海の沿岸を漂泊するところは音楽だけで充分、おりんの辛さ、淋しさ、後悔、兄さまに対する思慕の情が溢れて、泣けてしまうのです。
音楽と語りが互いに相乗作用で高まって、私自身泪が溢れて困りました。きっと今月8日に亡くなった作者の水上先生も、ふるさとのホールでこんなに早く追悼の公演があるとは思われなかったでしょう。たまたま準備していた時に亡くなってしまわれたのでそういうことになったのですが、きっとハーモニーホールの天井あたりに観にいらしていたのじゃないかと思います。生の音楽と合わせるなんて初めての試みでどうなることかとドキドキものでしたが、お客様がとても感動してくださってなかなか立ち上がれない様子だったので、嬉しかった。
19日は水上先生がお生まれになった大飯町の町民センターで演じます。一人の役者と五人の演奏者の共演です。ご希望の方は町民センター青年座にお申し出ください。


2004年8月26日

皆さん 今日は!!
8/15は新宿の紀伊國屋サザンシアターで朗読「Peace Reading」に出演しました。永井愛さん、渡辺えり子さん達のホンで、
 第一部は、イスラエル・パレスチナの問題
 第二部は、日の丸・君が代強制の問題
 第三部は、今のイラクのこと
現地にいる人たちの素直な疑問や訴えを、私たちも素直に共感して読みました。市原悦子さん、三田和代さん、竹下景子さん、森山良子さん、風吹ジュンさん、草笛光子さん、高橋長英さん、川辺久造さん、大石静さん、永井さん、渡辺さんたちも加わって、満杯の盛況でした。
私たち役者も世の中の出来事に一喜一憂していますが、なかなか声には出せません。Peace Readingは、その機会を与えてくれました。
私たち現代人は日々の忙しさに追われ走り回っているうちに世の中どんどん変わっていきます。
世の中の仕組みや決まりを少しずつ変えていけば、戦争をしないと決めた国も戦争ができる国になります。世の中、少しずつ怖い方へ向かっているのではないかと感じないわけにはいきません。一寸立止まって考えてみましょう!!

オリンピックも終わりに近づきました。日本選手の活躍はめざましく、メダル・ラッシュに湧いています。
メダルを勝ち取った人も取れなかった人も、皆よく頑張りました!!
水泳の北島さんが「オリンピックに選ばれなっかた人も、わずか100分の何秒かの違いで選ばれるということは、あとは精神力の強さだけの問題だ」と言っていました。
あの女子レスリングの4人の執念の強さもすごい!! マラソンで金メダルを取った野口みずきさんも「後ろに近づいているとわかったんで死ぬ気で走った」と言ってました。
スポーツ選手の言葉は、しばしば私をもう一度頑張れと奮い立たせてくれます。

今、体調を整えつつ、8/31・松山での「源氏物語」と、9/17・19、福井での 語りと五つの楽器のための詩劇 「はなれ瞽女おりん」の朗読の稽古をしています。
そして、毎日プールで水中散歩したり、本を読んだり。虫の音と蝉の声の中で、5個ばかりうちで成ったレモンを愛でたり(自分ちに果物が実るのが私の夢でした)、柚子をもいで酢の物を作ったりしています。

2004年6月22日

台風一過、今日は暑くなりました。
皆さん、ごぶさたしてごめんなさい。忙しかったのです。
世田谷パブリックシアターで上演された、永井愛作・江守徹演出「時の物置」は大好評裡に、6/20千穐楽を迎えました。
いやー!!・・・面白かった!! 
あと茨城、九州、能登を巡演します。
作家の祖母にあたる方がモデルだそうで、実に筋目の通った痛快な女性で、私は新聞の劇評で「快演」と書かれました。おりん以来のやり甲斐のある役で、ノッてやりました。
わずか24回で終わっちゃうなんて・・・勿体ない(演じた延ぶさんの口グセ)と思います。おりんは684回やったのですから、どこかこの芝居を買ってくださるところ、ないかしら?

劇評は概ね良好でした。
興味のある方は、スポーツニッポン、産経新聞、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、しんぶん赤旗等の記事を検索してみてください。
内容については、永井愛さんの原作が文庫本で出ていますので、ぜひ一度読んでみてください。私たちがどこかに置いてきてしまった、忘れかけていた、本当は大事に覚えておいてほしいことが書かれていて、読めば読むほど良い本だと思いました。

☆「源氏物語」は、8/31 四国・松山で読みます。
☆ 9月には、福井でオーケストラと組んで「おりんひとり語り」を朗読します。いらしてください。
☆ 火曜サスペンスにも出ます。

このところ働きづめで気になりますので、少し体を癒してあげようと思っています。ということで、今年の秋はゆっくりペースでいきましょう。
暑い夏は特に、ゆったり、ゆっくり、おいしいものやおいしい景色をじっくり味わってみたいものです。
では、また。

2004年4月15日

よかった!! よかった 無事でよかった!!
イラクに人質として拘束されていた人たちが解放されたというニュースは何より嬉しい知らせでした。日本中、いや世界中の心ある人たちが心配していましたが、まだ二人の方の行方がわかりませんので安心できませんけど(17日無事解放されました)、何はともあれ、ご家族の方、関係者の方々はホッとなさったことでしょう。
イラク戦争に早々とアメリカを支持した小泉さん。この人質事件が起きた時も早々と自衛隊は撤退させないと明言した小泉さん。私は宣言が早すぎるのではないかと心配しました。解放されるまでの政府の努力は大変だったろうと推察しますが、今後も起きるであろうこうした事件に、小泉首相は慎重にものを言っていただきたいと思います。
この嬉しいニュースのお陰で、園遊会で天皇、皇后にお逢いした私の嬉しいニュースは飛んでしまいました。勿論人質解放の方がうんと大事なことですけれど・・・。

4月15日の赤坂御所は昨日の寒さはどこへやら、まぶしいほど晴れて暖かく、園遊会に招かれた方たちは美しく着飾って緑の中を散策していました。
天皇さまは私に「随分長くしていますね、どのくらいですか」とおっしゃいましたので、「もう宝塚から入れますと55年になります」と申しあげました。皇后さまは「昔、せきれいの曲という映画を観ました」とおっしゃられたので、それは宝塚時代のことなので驚きました。「長い旅公演をしていたのでしょう」とはなれ瞽女おりんのことをおっしゃいましたので、「この2月で684回公演しました」と申しあげました。皇太子さまは3回目のおめもじで、1991年ジャパンフェスティバルのイギリス公演の折、ニュー・キャッスルでおりんを観てくださり、幕が下りると舞台に下りてきてくださって「とてもよかった、感動しました」とおっしゃってくださいました。その後東宮御所にお呼びくださり労をねぎらってくださいました。


皇后さまの美しさは、何と言いますか、教養の深さと美しさと気品があいまっていて圧倒されました。さすが皇后様と思いました


少し戻りますが、4月1日は石井好子さんの朝日チャリティ・コンサートに出て、「貴婦人」を歌いました。まあ70点くらいかな? なかにし礼さん、ピー子さんも歌われました。楽しかったです。

5月16日には、また博品館で「源氏物語」を読みます。新しい演出で新しい音楽で、とても面白い先生と解説もいたします。3時からです。ぜひいらしてください。

5月からは、今もっとも面白い作家・永井愛さんの「時の物置」の稽古に入ります。江守徹さんの演出です。辰巳琢郎さん、根岸季衣さんたちとご一緒です。私の役はおりん以来の面白い役だと思って張り切っています。三軒茶屋駅前の世田谷パブリックシアターで、6月5日より20日までです。ご期待ください。では、また。

2004年2月17日

長かったおりんの旅が終わりました。
行く先々で会員さんが増え、演劇ファンの底辺を拡げたいという私の願いは叶えられました。昔から“おりん”は会員さんを増やしてきたのですが、この不況の折に、青森16名、岡崎18、津21、富山15、豊橋13、仙台66、岐阜55名と新会員が増えたことは嬉しいことでした。最後の可児市では新しい劇場に満杯のお客様で、素晴らしい拍手をいただきました。初演から684回を打ち上げたことになります。
私は700回までやりたいのです。特に東京で。というのは昨年4月の新宿サザンシアターでの公演は13日間だったので観られなかった方が多かったのです。完成度が高いと皆さんが言ってくださるので、観られなかった方々に観てほしいのです。もう一度挑戦したいと思っています。

旅も終わり近く、雪の金沢から岐阜に向かう車窓から真っ白な立山、白山が見えました。雪景色がだんだんまだらになって、敦賀の辺りからみどりの山が目立ちはじめました。疲れました!!
しかしやりがいのある仕事でした。
まづ身体を直します。


では又、お元気で。

2004年1月28日

皆さん今日は!!
あれよあれよという間に名古屋周辺を、昨日は幸田、今日は四日市で公演し、いよいよ高岡へ参ります。おりんは3回目なのですが、昨日の幸田も1004人の席が満杯で、熱い拍手が鳴り止みませんでした。芝居の中で私は「葛の葉の子別れ」「越中おわら節」「佐渡おけさ」を唄うのですが、瞽女さん達が唄う「磯節」もとても良い唄で、これは初演の折、杵屋佐之忠さんという方が勧めてくださったものです。

♪わしとあなたは酒屋のます(升)よ・・・アーサイショネ  一合二合三合四合五合六合七合八合で 遂に一緒(一升)となる身じゃないか・・・  
♪浮気稼業をさらりとやめて・・・アーサイショネ  鹿のすむようなあの奥山で 九尺二間で手鍋さげさげあなたと二人・・・

なかなか味な歌詞でしょう?

おりんもあと十数回で終わりです。この24年の歳月の間おりんばかりやっていたわけじゃないけど、おりんは私に乗り移り、おりんは私であり、私の歴史であり、多くの方に感動していただいて全国におりんを愛する仲間ができました。しかし舞台というものは儚くて、観た方の網膜にしか残らないのは淋しいことです。

皆さん、おりんを忘れないでくださいね。


2004年1月12日
さあ!! 皆さん今日は!!

今年の旅公演が始まりました。昨11日に伊勢に来て舞台稽古をやって、今日から伊勢、名古屋、佐屋、岡崎、津、江南へ出前芝居です。今日はこれから外宮へお参りに行きます。
1991年に名古屋へ行った折、とても体調が悪く不本意な舞台をお見せしたので今回は挽回しようと頑張っております。



私は星野さんの大ファンなので、大晦日の紅白の審査員でお隣りに座った時は天にも昇る心地でした。これは一度だけ撮っていただいた写真です(お隣に星野さんがいらっしゃるんですよ・・)。アッというまに過ぎて大したお話しもできなかったこと、メチャ口惜しい!! 
                                                     
 

今年は芝居が2つ、ドラマも来ていますが、まづは3/13芦屋ルナ・ホールで「源氏物語」、5/16には博品館劇場でやはり「源氏物語」の朗読があります。4月初めには「石井好子とシャンソンの夕べ」-チャリティ-が有楽町朝日ホールであります。それぞれ楽しみなので体調を整えることが大切だなと思っています。では又、お元気で。

2004年1月3日

皆さん!! よいお正月を迎えられましたか?

昨年暮れ、21日に吹雪の山形から帰京して「おりん」の旅は終わりました。
大晦日には紅白の審査員としてNHKホールに8時間いました。なんとあの星野仙一さんのお隣りでした。うれしくてうれしくて紅白はどっちが勝っても関係ない・・・・という感じでした。星野さんのお隣りで肩がふれるくらい寄り添って至福の極みでした。舞台への昇り降りに私をかばって腕をかしてくださいました。ちょっとしかお話しできなかったけど、星野ファンに恨まれたと思うけど、私は幸せでした。ごめんなさい。
紅白は、綾戸智絵さんの「テネシー・ワルツ」、石川さゆりさん、坂本冬美さん、長渕剛さん、北島三郎さんが素敵でした。やはり自分の世界をしっかり持って精進している人が勝ちと思いました。

お正月はおいしい京野菜とお魚をくださった方々のお陰で、久しぶりに家庭料理を満喫しました。有難う!!

今年はどんな年になるでしょう。
おりんの旅が1月13日より始まります。5日からその準備をしなければ・・・・。
伊勢、名古屋、岡崎、津、江南、高岡、富山、金沢、黒部、岐阜、可児へ参ります。
私の大好きなおりん、多くの方が感動してくださったおりん、多くの地方へ旅したおりん!!
どうぞ最後のチャンスです。観てらっしゃらない方は、それぞれの演劇鑑賞会へ電話なさってください。非常にユニークな心温まる切ない芝居です。
初演は23年前、再演を繰り返して今回は658回から始まります。何とか700回までやりたいものです。
お互いに健康で仕事に励みましょう。
 


2004.1.1  下田の海岸でのご来光

    2004.1.2 下田のきれいな海!

2003年12月12日
皆さま、今日は!
ブラボー!! ブラボ!! ブラボー!!
仙台の初日はブラボーの連呼で うれしかった!!
仙台での「おりん」は三回目なので、また「おりん」?と反対する声もあったそうですが、作品が良いからと強く押してくださる方があり、三回目の「おりん」が迎えられました。芝居には一寸合わないけど、カーテン・コールでのブラボー!!の叫びと熱烈な拍手に、仙台に来てよかった・・・と思いました。もし呼ばれなかったら、私の大好きな仙台に来ることはもうないと思っていました。
       
 仙台は8日間です。40名も会員が増えたとのこと。行く先々で「おりん」は  会員を増やしているのです。どうぞ、まだの方はお近くの演劇鑑賞会に入って観てください。これから行くのは鶴岡・天童・山形です。来年は1/13   伊勢を皮切りに中部・北陸地方に参ります。どうぞこの名作をお見逃しなさいませんように。
松村禎三先生の素晴らしい音楽、鵜飼守さんの変幻自在の照明に驚かれることでしょう。すべてを実感していただけたら・・・と思っています。

ライトアップされた仙台の街路

2003年12月5日
皆さん、今日は!

今、私達「おりん組」は毎日移動公演、つまり出前芝居をして歩いています。八戸、弘前、盛岡、そして昨日は十和田、これから青森へ向かいます。八戸から十和田まで毎日、2時間半バスで移動して、すぐ荷物を拡げて芝居をするのですから、さすがに疲れがたまります。

イラクで遂に日本人の犠牲者が出て、昨夜のニュースでは御遺体が日本に帰ってらしたとのこと。ご家族の心中を思うといたたまれないような気持ちがします。心配していたとおりになりました。イラクの復興支援に寝る間も惜しんで働いていた方が襲撃を受け殺されました。優秀な方たちだったそうで、日本人として悔やんでも悔やみきれません。奥克彦大使と井之上正盛一等書記官に心からお悔やみ申しあげます。
イラクの支援は政府に云わせると人道支援だから、戦いに加担するのではないからということですが、イラク側からするとアメリカに追従する国は皆、敵とみなされます。イタリアもオランダも国連も赤十字さえもやられました。キナくさい所です。

今、上演している「はなれ瞽女おりん」は大正時代の話です。日本が大陸に進出しようとしてあちこちで紛争を起していたキナくさい時代が背景です。今とは時代も違うし、目的も違うけれど、何となく国の方針が明確でなく、危なっかしい、はっきりしないところは現代とよく似ている。
公演後の交流会で秋田の人達が、この芝居を今やる意義があるとつくづく思ったと言っていました。私はこの芝居を若い人に観てほしいのです。若い人で有馬稲子を知らない人は多いと思うけど、この水上勉作の芝居は23年前に初演して以来、今も続いていて多くの人に感動していただいています。八戸でも雪の弘前でもすごい拍手でした。この作品の持つ無償の愛の美しさ、厳しさ、自分の国の未来のこと、戦争というものの意味。それらについて一寸止まって考えてほしいのです。

芝居がはねると遅いので食事には行けません。デパ地下のひじきや豆腐やサラダなどで、ワインで乾杯!でおしまいです。これを宿めしと云います。三日も続くと悲しいけれど、観た方の拍手で報われます。
弘前では芝居がハネる頃は雪が積もっていました。初演以来645回、まだまだ寒いところが続きます。私がおりんをやれるのも多分最後でしょう。どうぞ今からでも演劇鑑賞会に電話して観にきてください。これはとても心温まるユニークな物語なのです。では、また。

 12/13~12/14仙台 12/15・16泉 12/18鶴岡 12/19天童 12/20山形
 連絡先は、090-7630-5564 までお問合せください。
 来年の公演予定は「おしらせ」のページをご覧ください。
弘前の宿、盛岡へ出発の朝 
演劇鑑賞会の方々の見送り
 
盛岡から十和田へ移動中のバスより すっかり雪景色
           


2003年11月25日
皆さま、今日は!
私は今、酒田市にいます。昨日は会津若松、その前はいわき、というように『はなれ瞽女おりん』の旅をしています。酒田のホテルの窓からは、川の中で白鳥が遊んでいるのが見えます。
今日は皆既日食の日で、南極で観測している人たちが素晴らしい映像を届けてくれました。いま、南極で起きていることを、リアル・タイムで見ることができるなんて! 科学技術はどんどん進んでいますね。

私は23年前から始まった『おりん』の旅を続けていますが、今までにも観た方が「今回が一番良い」と言ってくださるのが、どんなに励みになっているか! 演出の厳しいダメ出しにちょっとめげていましたから。でも、もう大丈夫です。

先日、東京女子マラソンで高橋尚子さんが2位になったことについて、考えさせられました。前半飛ばしすぎたために30キロ地点で足が棒のようになったとか。疲労骨折したり、ダイエットをし過ぎたり、調整はなかなか難しいようですが、高橋選手はこの大会のためにあらゆる対策を講じ、練習では絶好調だったそうです。だから「ああすればよかった、という悔いはない」と、サバサバした調子で語っていましたね。

私も『おりん』のために、良いと言われることは全部やってきたつもりです。2003年4月の東京サザンシアター公演は補助席も取れないくらいの大盛況でした。私も精一杯、頑張りました。そのため、痛んでいた足をかばったのか、弱っていない方の膝までおかしくなってしまうほど。その膝は東京公演の打ち上げから半年経ってもまだ直っていないのです。
リハビリも、鍼も、注射も、運動も、良いといわれたことは全部やってきました。それでも、毎日舞台に立って脚を酷使するので、治らないのです。
劇場によっては、舞台まで2階分もの階段をよじ登らなくてはならず、とても辛いことがありました。

でも、気持ちは元気です。
いわきでは、お友達の紹介で「岩惣」さんという温泉に行き、松山政治さんはじめ仲間の役者さんたちと“あんこう鍋”に舌鼓を打ちました。松山さんは、昔は私と一緒に随分お酒を飲んだものでしたが、今は一滴も召しあがりません。きっと心に決めていることが、何かあるのでしょう。

『おりん』は1980年に始めて以来、23年が経ちました。毎回、上演のたびにいろいろと手直しが入ったので、回を重ねるごとに完成度が高くなると、どなたもおっしゃいます。嬉しいことです。
これから北陸、東北、名古屋方面へと旅を続けていきます。どうぞ各地の演劇鑑賞会に公演の日取りなどをお聞きになって、是非この名作をご覧ください。
スポーツ選手も凄いけれど、役者も命を削りながら舞台を務めているのです。
                            
また書きますね。 酒田にて(2003年11月24日)


2003年11月13日

2003年の「はなれ瞽女おりん」旅公演が始まりました。今回もまた、全国の演劇愛好家のみな様のもとへの、長旅になりそうです。
11月13日の福島市から始まって、年内は12月20日の山形まで、旅をして行きます。詳しくは別のページを見ていただきたいのですが、福島、常磐、平、会津、酒田、秋田、郡山、八戸、弘前、盛岡、十和田、青森、仙台、泉、鶴岡、天童、そして山形へ参ります。
1980年にこの「おりん」が始まって以来、福島では628回目の舞台を迎えることができました。福島の初日はどんな印象を、みなさまにおおくりできたでしょう?
ハードな舞台を無事務めるには、強い肉体と細心の注意、そして我慢強さが必要です。風邪も、怪我も禁止です。
脚に水がたまったり、特発性難聴になったりと、最近は必ずしも体調が良くない私ですが、2004年2月14日の千秋楽まで「何とか無事に演じ切らせてください」と、神様にお祈りするのみです。
どうぞ皆さんも「おりん」のために祈ってください。それくらい素晴らしい作品なのです。
旅の途中で、また書きます。
(2003年11月13日福島のホテルにて)


2003年10月10日
9月23日、青山ダイヤモンドホールで、春の受章のお祝い会をしていただきました。
今回はパーティはしないつもりでしたが、大阪のファンの方々が、滅多にいただけないものだからと会をしてくださり、それを聞いた東京の方が、こちらでもと開いてくださったのです。
お陰様で、東京では久しぶりに皆さまにお逢いできてうれしゅうございました。
一つ心残りは、会場等の都合で多くの方にご案内できなかったことです。ごめんなさい。

当日は、金内喜久夫さんと楽しい朗読をし、「はなれ瞽女おりん」共演者の女性陣と「少年時代」を歌い、高塚の同期生たちと「すみれの花」を歌ったりしました。米良美市一さんは「月の砂漠」と素敵なフランス語の歌をプレゼントしてくださいました。
作家の瀬戸内寂聴さん、佐藤愛子さん、辻原登さん、そして石井好子さん、福留功男さん、加藤タキさん、水野晴郎さんほか、さまざまな方が来てくださいました。
佐藤愛子先生から、有馬さんの来し方を思いつつ「すみれの花咲く頃・・・」を聞いていると胸が熱くなり、久々に気持ちのいい感動をいただきました というご主旨の心温まるお手紙をいただきました。
とても嬉しかったので、皆さまにもちょっとご紹介させていただきました・・・。

これからは、11月から始まる「はなれ瞽女おりん」に備え、体の調整と三味線の稽古をいたします。
私の昔の映画があちこちで放映されていますので観てくださいね。「なかなかイカしてたんですよ!」

もはや秋、早いですねェ。お元気で。

2003年7月30日

暑中お見舞い申し上げます
久しぶりのお休み…下田の朝は鴬の声で起こされます。
2003年7月5日(土)には下田文化会館にて「とぎれた子守歌」「動物たちのおしゃべり」を朗読し、みなさんに楽しんでいただきました。
終わってからは下田にお泊りになった方々と食事をともにし、たくさんお喋りもしました。

7月20日(日)には「関西友の会」が大阪・ロイヤルホテルで催されました。
朗読とお喋りの会でしたが、みなさまからは叙勲の御祝辞をいただき、あたたかいスピーチに改めて勲章の意義を感じました。

翌7月21日(月、海の日)は岡山へうかがって、「パリ祭」に出演! 石井好子さん、菅原洋一さん、山本リンダさん、Rollyさんらに交じってシャンソンを唄いました。
曲は私の大好きな「貴婦人」。どうだったって? ……それは、もう貫禄です!
終演後は初めてのパーティに出ましたが、始まるやすぐにピアノになり歌になり、歌手の方々のパーティは我々演劇世界の会とちがって、それはそれは賑やか。世界が違うと、パーティの楽しみも違うものなのね、と思いました。

今、「マリア・カラス」のCDを聴きながら、これを書いています。
40年間愛用した我が家のスピーカーがいよいよ駄目になったので、BOSEというアメリカの製品に入れ替えました。オーディオ・ファンの好む装置だとかで、確かにとてもよい音ですよ。

そのマリア・カラスですが、この間「マリア・カラス フォエヴァー」という映画を見ました。
彼女の芸に対する完璧主義は、実に見事なもので、感動!! 不世出のディーヴァと呼ばれただけあって、人生で大事なものは音楽だけ、という価値観は見事です。
オペラが好きな方、美しい女性を好きな方、わがままな女性に翻弄されるのが好きな方、是非御一見ください。

今、盛んにBS各社で流されている「デジタル映画祭」の予告に、出ています。
前回お知らせしましたように8月26日・NHK BS2で「浪花の恋の物語」が放映されます。
前日の8月25日には「彼岸花」が放映されます。有馬稲子がよみがえります。昔の私はまあ、こうだったのね、と本人もビックリすることがありますが、どうぞ昔の私も見てください。

いま、冬の「おりん」の旅に向けて、体を調整中です。ではまた。


2003年6月30日
4月サザン・シアターで上演しました「はなれ瞽女おりん」は補助席もとれないくらいの盛況だったのですが、 「悲劇・喜劇」で素晴らしい批評をいただきました。
6月は札幌で寂庵先生の「源氏物語」を、根室で「くちなわ」を朗読し、ともに好評でした。今は7月5日、下田文化会館で上演する山崎陽子さんの「とぎれた子守歌」「動物たちのおしゃべり」の稽古をしています。夕方5時半からです。夕涼みがてら、いらっしゃいませんか?

必見!!     「浪花の恋の物語」 監督/内田吐夢 共演/中村錦之助 片岡千恵蔵 浪花千栄子ほか

 8月26日13時より、NHK BS2で「浪花の恋の物語」が放映されます。これは私の映画の代表作の一つでもありますし、素晴らしい作品ですから、若い方もふるって観てください。日本映画の全盛時代の作品です。そのうち小津作品も放映されますからね・・・

2003年5月9日
          
今日、皇居に参上して勲四等宝冠章をいただいてきました。仲代達矢さん、照明の吉井澄雄さんも御一緒でした。1980年より23年間、627回演じてきました「はなれ瞽女おりん」するご褒美だと素直にお受けすることにしました。

帰宅して、記念に写真を撮りました。                     

2003年5月4日 伊豆にて
皆さま、こんにちは!
「はなれ瞽女おりん」の東京公演は満杯のお客さまに支えられて、2003年4月27日(日)に無事千龝楽を迎えました。長い女優生活でも経験のない、補助席まで売り切れという嬉しい結果になりました。
でも、振りかえってみますと、2月7日に始まった稽古は雨にたたられ寒い日が続き、稽古場のある森下までの行き帰りは膝の悪い私には辛いものでした。お休みの日にはリハビリに行ったり、ハリ治療を受けに行ったりしていましたので、家でのんびり休養という日はありませんでした。
3月15日に浦和(埼玉県)で初日を開け、神戸(兵庫県)で600回を超え、大阪・京都・和歌山・姫路を打ち上げ、たった1日のお休みを得て、13日間の東京公演に突入したのです。4月27日の千龝楽を終え、やっとホッと一息ついたところです。

右膝をかばいながら、1回3時間の舞台を走りまわっていたので、頼みの左膝が痛み出し、今、その治療をしています。1980年の初演から23年間の月日が流れました。今回で数えて627回の公演になりました。
想い出は数限りなくあります。初演からの共演者も一人、また一人と鬼籍に入られ、舞台を引退なさった方もいらっしゃいます。「おりん」を支える三味線隊もメンバーが入れ替わり、今回初めて三味線を持った方もいて、開演前は猛練習しています。私も1年前からお三味の稽古をしてきましたが、斜めになった舞台で弾くのはとても難しく、自分では満足できない仕上がりでした。三味線は座って膝に載せて安定させて弾くように出来ていますから、前のめりでは弾き難く、音もよくありません。この瞽女さんたちの三味線は、舞台の成果をかなり左右する重要なものです。

原作の持つ強さと面白さに、改めて目を見開かされた思いがしました。作品を貫く愛の尊さ、無償の愛の美しさ、にじみ出てくる戦争反対の心。社会の底辺でうごめく瞽女さんたちの強さ。水上作品は、木村光一さんの彫りの深い演出と役者の充実を増した演技で、多くの方から「今回が一番よかった」と言っていただけました。

2003年11月からはまた「おりん」は東北・北陸の旅に出ます。東京でご覧いただけなかった方は、どうぞひと足延ばして、観にいらっしゃいませんか? (ご連絡は制作の「地人会」03-3354-8361まで、お願いします。)

私は2003年7月5日(土)、静岡県下田市の文化会館で朗読ミュージカル「とぎれた子守唄」に出演します。どうぞご期待ください!
ありがとうございました。

2003年4月23日
『はなれ瞽女おりん』で毎日、みな様から温かい拍手をいただいています。
その拍手が、疲れた体と咽喉の栄養剤になって、さあ、千秋楽まで頑張ろう! という気持ちになるのです。ありがとうございます。
東京は10年ぶりの再々々々演でお客様が入ってくださるだろうかと、とても心配しました。
ところが嬉しいことに、チケットの売り出し前に早くも「ソールド・アウト」(売り切れ)となって、一転して嬉しい悲鳴を上げています。
でも、疲れます。
あれから10年経っているわけですから、私も10年分、年齢を重ねました。
でもそれは辛いことばかりではなく、素晴らしい実りも持って来てくれました。役の解釈や、いろいろと配慮することが広がって、前より役がよく分かるようになりました。
数えてみれば、600回以上やってきたからでしょうか。

東京へ来るまで、浦和・市川・神戸・大阪・京都・和歌山・姫路と上演してきました。
東京での公演は4月27日で最後になりますが、ちょうど627回になりましょうか。
『おりん』は日本中を回る舞台ですから、体力作りに気をつけてきたつもりでした。
でも、舞台の激しさは毎日の運動以上のもので、予想以上に疲れます。
こんなに演っていて、それでも飽きることがないのは、いろいろなものを包含している原作の強さでしょうか。

岸和田では「とんぼ池公園」で半日、過ごしました。桜、れんぎょう、雪柳などが咲き乱れていました。
久しぶりに自然の中に入り、よい空気を吸いました。
これだけがお休み。それ以外は、毎日、疾走している感じです。

『おりん』はどこでやっても、みなさんが感動してくださいますので、遣り甲斐があります。
5月になったら、何か良いことが起きそうな予感がする……。

2003年3月31日 京都のホテルにて
みなさま、お元気ですか?
去る3月15日にさいたま市(浦和)で幕を開けた『はなれ瞽女おりん』は、千葉県市川市を経て、関西は神戸・大阪・京都にきています。
おかげさまで、とてもとても評判が良く、観てくださった方は、泪(なみだ)泪でいっぱい! 感動してくださっています。
大阪では高校時代の恩師、藤田先生が奥様とご一緒に来てくださり、「おりんが人間として光っていた」と、嬉しいお言葉をいただきました。
この公演を打ち上げるまでは、何としても頑張ろうと、健康と睡眠に気をつけています。これから奈良、和歌山、姫路を経て東京に帰ります。東京では4月15日からの「紀伊国屋サザンシアター」(南新宿)公演があります。どうぞご期待ください。

2003年3月26日
みな様、ご無沙汰しておりました。いよいよ始まった『はなれ瞽女おりん』の公演で、関東から京阪神、和歌山、奈良と旅をしている最中です。
4月15日からは東京にもどって、新宿の紀伊國屋サザンシアターで始まります。東京では10年ぶりの『おりん』の公演になります。上演回数も通算で600回を超えました。みな様のおかげです。あたたかい応援、ありがとうございます。

先日、『地人会通信 第25号』に松山政路さんとの対談が載りました。お手元に『通信』がある方は、どうぞご覧ください。ない方のために、ここでその内容をちょっと振りかえってみますと、せいちゃんとこんなことを話しました。
初演の時、日本青年館で迎えた初日は、お客様の反応があまり芳しくなくて、正直言ってショックでした。何しろ私にとっては、三味線で涙が出るほど稽古した芝居ですから、演ずる努力が伝わらなかったのか、と激しく落胆していたんです。
でも、地方公演に出た初日の三島(静岡県)では、ビックリするほどの大カーテンコール
で、もう天と地がひっくり返るくらい、嬉しかった! スタッフがあわてて飛んできて、
「有馬さん、まだ拍手が続いています! 出てください!」と言うんです。私はもう鬘を取っていたのを急いでかぶり直して、衣裳を着けて、せいちゃんを探しました。
なんとそのとき、もう松山さんはお風呂に入っていて、あわてて飛び出してきました。だから舞台に登場したとき、彼はガウンを着ていて、私は鬘は間に合ったけどスリッパをはいたまま。それくらい長い拍手でした。おかげでやっと報われるものを感じて、それからの公演はとても力が溢れるくらい、頑張りました。

600回も『はなれ瞽女おりん』をやりながら、瞽女さんのことをいろいろお話を聞いたり、調べたりしました。このたび、改めて齋藤眞一さんの『越後瞽女日記』を読んでみて、ひとつ発見したことがありました。それは、瞽女さんは村人たちの悩みの相談相手になってあげていたのだそうです。いつも旅をしている瞽女さんだから、あまり村の人とは共通する気持ちはないのかと思っていたのですが、そうじゃなかったのです。この発見を、今度の舞台に出てくるといいな、と思います。村の人たちとしっかり結ばれていた、共同体の意識を持っていた、と。

せいちゃんはこんなことを言ってくれました。「いままた戦争が始まりそうだけど、そのときに一番弱い人たちのことを考えてくれているのかな。人の命は粗末にしてはいけないということ、それを改めて考えなくちゃ、と思いました」
本当にそうです。毎日、新聞もテレビもイラクの戦争のニュースで埋め尽くされています。戦争はいけないこと、と『おりん』の舞台は語り続けてきました。
どうぞ舞台をみてください。お待ちしています。
     
                                                       

2003年1月元旦
新年明けましておめでとうございます。
新しい年をどのようにお迎えになりましたか。

昨2002年の仕事は、12月14日(土)午後のTBSラジオ(小堺さんの番組)での小堺さんとのおしゃべりが最後。翌日の正午にはヴァージン・アトランティック航空のロンドン行きのシートに座っていました。

飛行機の中では、つい何日か前に観た映画『アイリス』を思い出していました。この映画はイギリスの国民に愛された哲学者であり作家でもあったアイリス・マードックの生涯を描いた作品です。この素晴らしい女性が、アルツハイマー病の病魔におかされて、突然言葉を失うのです。何もしゃべれず、何も考えられなくなった女を、わが友ジュディ・デンチが鮮やかに演じきっています。この妻をユーモアと根気で支えていく夫を、ジム・ブロードベントが好演しています。久しぶりで、感動で涙が止まらない作品を観た思いです。
ジュディ・デンチという女優は本当にすごいと思った。そのジュディが、名女優マギー・スミスと共演しているという『THE BRETH OF LIFE』という舞台を観るために、私はロンドンへ飛んだのでした。12月の気ぜわしいとき、お金もないというのに… ロンドンでは毎日毎晩、芝居を観て過ごしました。
1日目はサマセット・モームの『HOME AND BEAUTY』、2日目はバーナード・ショウの
『MRS.WARREN'S PROFESSION』。これは何とピーター・ホールが演出していて、この古い作品が現代的になり、とっても面白かった。ブレンダ・ブレッシン(Brenda Blethynさん、
読み方が間違っていたら、ごめんなさい)という女優さんが色っぽくて、うまくてとても迫力がありました。

3日目に、やっとジュディとマギーの『THE BRETH OF LIFE』を観ることができました。スクリプト(脚本)を買ってきたので、これからじっくり読んでみましょう。とても微妙な芝居でした。二人の女性が愛した男とのことをいろいろと話し合うのだが、私の感想としては、劇的な展開にはならなかったように感じられました。
終演後ジュディの楽屋を訪ねるつもりで、暗褐色の“ブラック・ティ”という薔薇を2ダース、贈っておきました。その花束がジュディを慰めてくれたのならよいのですが… 何となく悪いような気がして、私は楽屋へ行けなかったのでした。
私はこれまで彼女の芝居は10本以上も観ていて、映画も数多く観ている。ジュディの方も私の『はなれ瞽女おりん』のロンドン公演の折に観に来てくれて、「泣いたわ」と言って目を赤くしてロビーで抱き合ったこともあった。本当に優しい、人間くさい人なのです。

別な日、『MY FAIR LADY』を観ました。これは予想以上にヒギンズ博士とイライザが良くて、「さすがロンドン!」と感じました。
もうひとつアラン・エイクボーンの『DAMSELS IN DISTRESS』という三部作のひとつ「FLAT SPIN」の主役の若い女優が可愛くて、達者で、躍動的ですてきでした。
さすがロンドン! とつくづく感じたのは、演劇のメッカで、世界一の演出家と役者 がひしめき合っていて、どんな役でも適材がいるということ。
これがロンドンの素晴らしさ、そこで演劇をやれる面白さなのだろうと思う。

ロンドンの天候はいつもの年より寒くないそうで、日本のお嬢さんたちが闊歩していました。ピカデリーサーカスは日本語が飛び交うほど…。ホテルの近くのバッキンガム宮殿への芝生の道を、何度も歩きました。

東京へ帰ると、7年ぶりの『はなれ瞽女おりん』の稽古が待っています。初演は1980年だったので、若かったし体力もありました。膝の故障は一進一退で、リハビリやら運動を毎日欠かしたことはありませんが、完治することはないようです。
 私はスピードスケートの清水宏保選手、野球の野茂投手を尊敬しています。清水さんなどは、「気が遠くなるまでやる」と語っていました。あそこまでいくと、優勝するとか何位になるという記録よりも、自分がどこまでやれるかという限界をいつも探っているという感じで、その冷静さと自己鍛錬の“すごさ”には頭が下がります。 私も、三味線も体を鍛えることも今年は気が遠くなるまでやろうと思います。自分に厳しく、甘やかさずに。それが今年の私の信条です。

私たちの一度しかない人生、お互いに思いっきり生きようではありませんか。



2002年10月4日
みなさんこんにちは! 10月になりました。秋は好き、冬も好き。
  前回オマーラ・ポルトーンドのことを書きました。8月の末、東京でキューバの名歌手に酔いしれたあのコンサートのことです。70歳を過ぎているのに美しくて声に張りがあって、人間くさくて可愛くて、ああいうアーティストになりたい!! と思いました。年齢とともに成長して魅力的になるなんて、なかなかできないことです。

 私は今、NHKで2002年11月4日から放送される「名古屋仏壇物語」を撮影中です。お仲間は、木村佳乃さん、山田昌さん、富士真奈美さん、杉良太郎さんたち。仏壇屋の女将さん役で、夫が亡くなったとたん隠し子が現れ、私は大金を工面してなんとか縁を切らせようとしますが、話は思わぬ方向へ発展するのです。

 ロケをさせていただいた仏壇屋さんで仏壇のことを勉強しました。何百年も経った貴重な屋久杉、色合いの美しい紫檀や黒檀などで作られた壮麗で気品ある何千万もするお仏壇をたくさん拝見しました。まだ早いのですが、いずれはお仏壇のお世話になるはず。こういう素晴らしいものはいかにも居心地がよさそうです。
 
 木村佳乃ちゃんは美しい人ですが、何よりお人柄が良くてすっかり好きになりました。「名古屋仏壇物語」、ぜひご期待ください。

10月13日 静岡のグランシップ中ホールで、14時から「源氏物語」を読みます。ここは静岡の駅前です。第1部では人形作家の辻村ジュサブローさんと「源氏物語」について語り合い、第2部が朗読です。ぜひおいでくださいね。

2002年8月29日 名古屋にて
みなさん、お元気かしら? 朝夕は少し涼しくなりましたね。
 先日の火曜サスペンス「女の家」に続いて、また吉川監督の「箱根通信局」で水谷豊さんと共演しました。その箱根ロケの宿が「松坂屋本店」というところだったのですが、なんと昭和28年頃、映画
「愛」で泊まったお宿だったのです。
 
 その時の共演者は木村功さん、私の旦那さまの役でした。映画を観てくださった方々には申しわけないのですが、いま振りかえるとあの頃の私は演技が下手でしたねえ! あれから50年、たくさんの映画に出て、それ以上にたくさんの舞台の主役を務め、勉強しながら何とか今日までやってこられたのだと、改めて感心(?)しています。

 8月25日。調布の東京スタジアムに「東京JAZZ」を聴きにいきました。ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、マイケル・ブレッカー、そして私の敬愛するキューバの歌手
オマーラ・ポルトーンド(Omara Portuondo)という最高のジャズメンが、たそがれゆく広いスタジアムに熱演・熱唱を響かせてくれました。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」という映画をご覧になった方も多いと思います。年老いたキューバのミュージシャンたちがアメリカのプロデューサーの呼びかけによって、古巣のクラブに集まって再び楽器を持つのですが、演奏から離れていた時間を跳び越えて素晴らしいアンサンブルが復活するのです。この映画の中で、年老いた名歌手エブラハム・フェレール(Ebraham Ferrer)とオマーラが歌う「シレンシオ(静寂)」という歌が素敵で、泪があふれ出るのを抑えることができませんでした。そのオマーラが来るというので聴きに行ったのでした。

 彼女は70歳を過ぎたくらいでしょうか、1時間たっぷり歌い続けました。若いロベルト・フォンセカの強いタッチのピアノで、「ベサメムーチョ」をさまざまにアレンジしながら聴かせてくれました。そのピアノの素晴らしさ。オマーラは大人の女性の微妙な心理を、あるときは囁くように、あるときは怒涛のような迫力で表現し、まさに歌手としての全盛期にあることを実感させてくれました。オマーラの歌は60年以上歌い続けてきた人の人生が透けて見えるようで、その真摯な姿勢がなんとも人間的な親しみをもって迫ってくるのです。こういうふうに歳をとるというのはいいなあと、つくづく思いました。
 今はNHKドラマ「名古屋仏壇物語」の撮影のため、名古屋に来ています。久しぶりに面白い役で、私は仏壇屋さんの女将さん。木村佳乃さん、杉良太郎さん、富士真奈美さん、山田昌さんたちと共演いたします。ご期待ください。
 どうぞ皆さんもお元気でお仕事にご趣味にお励みください・・・名古屋にて

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